人指し指から、お願いします
木屋 亞万
この道を歩くと妖怪になれると聞いたので、来ました
噂の通り一升のお酢と一丁の豆腐を持って
幾つかのお寺が密集する間に、古びた町屋や商店が連なり
たまに覗く路地は、人がすれ違えないくらいの道幅
かすかに生活感は感じるけれど、人はいないし、音もない
しばらく行くと道はアスファルトから石畳へと変わって
一軒の町屋から着物の女性が現れました
扇が幾つも踊る派手な着物を見事に着こなした若い娘さんでした
手には風呂敷に包まれた瓶型の荷物、朱色の蜻蛉柄の風呂敷でした
お酢を一升、豆腐を一丁
さつま揚げはあるかいな、油揚げはないかいな
なければ味気のない豆腐だけ、お酢をグビグビやりましょう
なんて、歌いながら私は
豆腐を一口で食べ、お酢をあおりました
喉が酸性に苦しみます
まだ慣れることはできません
始めて炭酸を飲んだ日のように酸の刺激に身体が驚いているのでしょうか
噂ではこの道で出会った人の前で歌いながらお酢を飲み、
豆腐を食べれば妖怪になれると聞いていたのですが、身体に変化はありません
着物の娘さんはこちらをじっと見ていましたが、にこやかにこちらへ歩み寄ってきて
荷物を私に差し出しました、その風呂敷を開くと中身は醤油の瓶でした
私はそれを少しだけ飲みました、上品な醤油が口の中の豆腐に味を付け足して
その醤油の美味さに笑顔がこぼれ、思わず頬が持ち上がりました
彼女は薄っすらと微笑ませた口をつぐんだまま、ゆっくりと首を振りました
「妖怪になりたいのであろう。今からお主を食うてやるから、頭からその醤油をかぶれ。
狼になりたいと祈った鹿は、食われることでその願いを叶えたというではないか。
お主もわしに食われれば良い、さあどこから食われたい」
と、洪水のように彼女は話しました
私は驚くとともにその上品な声、話し方にすっかり惚れてしまいました
妖怪になれるならば、食べられることも苦ではありません
しかしどうせなら彼女に食べられる自分をしっかり見ていたい
「人指し指から、お願いします」
人指し指を瓶に突っ込んだ後、妖怪に向けて差し出しました