女王の片恋に関する11のソネット
佐々宝砂
その1
熱帯雨林。カヤワラ鳥の鳴く声。
煮詰められた毒素の甘い匂い。
腰蓑の女王のはだかの胸、
重たげに吊り下げられたガラスと金属。
きみが持っていた聖書は
火に投じられた。
きみは色白だが
それはどうしても女王のお気に召さない。
ぐらぐらと沸騰する大鍋のなかで
きみはとろけてゆく。
あとに残るのは脂と骨と、
ゆがんだ眼鏡。
女王はそら涙を流して、
まだ熱いその金属にくちづける。
その2
きみは美神に祈りを捧げる。
悪臭漂う牢獄は暗黒だが、
きみはきみの境遇ゆえに
祈るのではない。
いましめられたきみは
ヨカナーンではないし
きみのまえで踊る女王は
サロメではない。
だとしても
きみの命運は定まっている。
きみは首を差し出すほかない。
石の床に転げるきみの首。
女王はそれを省みない。
銀の皿に載せようともしない。
その3
灰色の部屋の
白いシーツのうえで
黒いベルトに拘束されて
きみは天井の染みを見ている。
ベラ・ルゴシ似のマッドサイエンティストは
紫と緑の液体を混合する、
しかし映像はモノクロだ、
発生した霧の青黒さは誰にもわからぬ。
そしてきみの頭蓋にとりつけられる電極。
きみは声をあげるだろう、
悲鳴をあげるだろう、
女王は満足げにそれを聞く。
マッドサイエンティストは明晰だ。
おそらくきみなんかより、ずっと。
その4
白衣のポケットにひそむメスの輝き。
注射器のなかには
うすあおい液体がゆらいでいる。
腕を出しなさい、と女王はいう。
パイナップル、チョコレート、
リンゴの木、青ざめた蛇、
音楽にのってはじける風船、
陽気にうたう小猿の群。
きみはもう思い悩んだりなんかしない、
きみがそれを望もうと望むまいと、
きみの心は幸福に満たされ、
微笑を禁じられた女王は
呵々大笑する。
あかるく開放的な密室で。
その5
大目玉の昆虫目玉の怪物の、
棘と毛だらけの口吻に、
きみは咥えられている、
煙草みたいに。
昨日まで折り目があったズボンには、
広範囲にわたって茶色い汚点。
それが血なのか体液なのか尿なのか、
きみは考えたくない。
白いワイシャツは
ずたずたに裂けている。
胸板には無数の掻き傷。
洞窟の入口で天を仰いで、
女王は待っている。
期待に胸をふくらませて。
その6
きみが見知らぬ部屋でめざめると
ベッドサイドにきみがいる。
鏡をのぞいたときよりも
はるかに親密そうな顔をして。
もうひとりのきみは
きみの声で愛を囁き、
きみの顔でくちづけする、
女王はそれを受け容れる、
きみは硬直したまま
ベッドのうえで
それを見ている。
目を閉じようとしない
女王と目が合ってしまって、
きみはひどく困惑する。
その7
女王の目にとまり
不幸にも女王に愛されたきみは
石造りの図書館に幽閉され
辛苦と愉悦を同時に味わう。
ひびわれた石、
虫食いだらけの竹紙、
古色蒼然とした羊皮紙、
あるいはTXT、でなければHTML、
あらゆる媒体に綴られ、
蓄積され、
読者を得なかった無量の怨詛。
それらすべてを
女王は他ならぬきみに託したが、
解読を期待されてると思ったら誤りだ。
その8
埃と黴。
赤ワインみたいなすっぱい匂い。
きみはゆるり風化してゆく、
柩の暗闇で。
きみの黒いマントは、
きみのちいさな蝙蝠は、
きみのとがったうつろな牙は、
もうすっかりぼろぼろに崩れた。
女王はあかるく唄う、
あのひとは死んだ、
本当に死んだ、
唄いながらパン種をこねる、
かつてきみを構築していた灰に、
卵とバターとイーストを混ぜて。
その9
ビールとジャガイモとベーコン、
宿の暖炉はあかあかと燃える。
そしてきみは吟遊詩人、
弦をつまびいて唄う。
そなたの唇におちる死の影を
わたしはどのように払おうか?
耐え続けているおもいが
その胸に重くむすぼれているなら
きみはしかしそれ以上は唄えない。
真冬の風雪とともに女王が入ってきて、
きみを斧でめったうちにする、
女王の耳に届くところで愛を唄うとは、
吟遊詩人よ、
いかにもきみは愚かだ。
その10
女王の寝室は白い、
壁もシーツも床も、
ベッドのとばりも白い、
白だけが女王を安堵させる。
いくたびも繰り返す殺戮、
変わりばえのしない血飛沫、
誰の体内にも同じようにある、
退屈きわまりないはらわた、
そんなものが何であろう?
血も内臓も愛撫も麻薬も、
もはや女王を喜ばせない。
厭んだ女王はナイフを選んだ。
白いシーツを染めてゆく、
きみのそれと変わらぬ女王の血の赤。
その11
しかし女王はふたたびめざめる。
女王は血に飢えて、
孤独で、
そして手ひどい不感症だ。
さて、きみはどうするおつもりか?
いくたびも殺されては生き返る、
ただそのためだけに構想された、
名もないヒーローよ、
もういちど首をはねようか、
それとも電極がいいかね、
でなけりゃ大鍋で茹でてやろうか、
煮えたぎる熱湯と油脂、
そのなかで踊っているのは、
間違いなくきみの眼鏡だよ。
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Strange Lovers