最高の酒
松本 卓也

この世で一番に苦く美味い酒は
心が独りぼっちになった時になって
初めて味わえるもんなんだぜ

独りぼっちになる為に
どうしたら良いのかって言えば
まぁ割と単純で簡単なことでさ

例えば心情を吐露しないとか
分かり合う為の言葉を諦めるとか
何でも構わないし何時でも良い訳だ

心根の問題なんだよ
酷く寂しいと思えばいい
理解されないという心の領域を
ほんの僅かだけ踏み出した後に
そこらへんの適当なコンビニで
一杯百五十円満たない程度の
安っぽい酒でも呑んで

社会に絶望したフリしながら
一気に胃袋に流し込んでみればいい

明日になったら全てが終わったことのように
もう少し長い間振舞う事が出来るくらい
美味い酒を味わえるはずさ

針の一刺しで崩れそうな均衡が
当たり前になってきたならばさ
絶対に誰かと同じになりえない事情へ
意味の無い拘りを持ってみればいい

底が微かにでも抜ける度に
俺が死んだ俺が死んだと嘯きながら
呷る安酒の美味さといったら
居酒屋で一枡千五百円の酒を啜るより
遥か向こう側へ連れて行ってくれそうに思うものさ

ツマミは目から自然に溢れ出てくるし
肴は今日守れなかった馬鹿馬鹿しい誇りが潤してくれる
誰も彼もが一言も言葉を失くした頃
待つものも居ない部屋で酒を飲み干せ

情けない肖像を描きながら
歌いきる事ができなかった歌を
存分にかき鳴らしてみる頃に

安酒はまるで最後の晩餐で捧げられた
葡萄酒のように芳醇な香りを放ち始め
今日を捨て去るには十分な酔魔を教えてくれるさ

もう一杯飲んで
もう一杯注いで
今頃己に酔う僕の美酒を嘲笑う
皆共の言葉を妄想しながら

最高の酒はそうやって呑むものさ


自由詩 最高の酒 Copyright 松本 卓也 2008-10-18 00:48:26
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