焼却炉
カンチェルスキス

   

  


 頭から血を流して
 倒れていた
 浮浪者が
 男に頭を蹴り上げられていた
 もう前から何度も
 繰り返されていた
 男の後ろ足は
 後ろに大きく反り返った
 それから
 浮浪者の頭をめがけて
 振り下ろされた
 浮浪者の頭が
 激しく揺れた
 額から流れ落ちる血は
 頬を伝って
 平野を流れる川のように
 幾筋も分かれていた



 公衆便所のすぐそばだった
 浮浪者はブルーシートを敷き
 そこに一切の家財道具、
 毛布やふとんを
 置いていた
 血を流した浮浪者に
 仲間の浮浪者が
 覆いかぶさっていた
 男の攻撃から
 仲間をかばうためだ
 男は甲高い声で叫んでいた
 赤いナイロンのフード付の上着
 束ねても良さそうな長髪に
 短パンから
 華奢で細い足が伸びていた
 カマキリみたいだった
 停めていた
 自転車のかごから
 先端が金属の施錠チェーンをつかんで
 浮浪者の頭をめがけて
 振り下ろした
 倒れた浮浪者からも
 かばう仲間からも
 何も声は聞こえなかった
 まわりの者たちの男を制止する
 非力な声だけ
 光と影に
 恐ろしいほど
 くっきり区別された
 アスファルトの頭上に
 雲散していった



 もうこれ以上
 何をされても
 浮浪者は動かないままだった
 誰かが通報し
 救急車が駆けつけても
 もう助からないことは
 誰もわかっていた
 男の攻撃は
 あと百回蹴り上げても
 おさまりそうになかった



 すぐ近くの動物園では
 ピンクで終わりゆく
 何羽かのフラミンゴが
 気まぐれに
 片足で立っていた
 五時になれば
 時計台から
 白雪姫が出てきて
 楽隊と
 踊りとともに
 歌をうたう



 一人の中年女がやがて
 ついたてみたいに立ちふさがって
 男のふるまいを
 止めた
 蹴り上げる男の足が
 空振りした
 男はずっと裸足で
 浮浪者を
 蹴り上げていた



 そこでは何の騒ぎにも
 ならなかった
 タバコの不始末で
 起こった
 ちょっとしたボヤ騒ぎより
 人気がなかった



 倒れた浮浪者は
 夢を見ているように
 目を閉じていた
 仲間のやさしさも
 うわの空だった
 飼ってた白に茶色の斑点の猫が
 リヤカーにつながれ
 耳を気になる方角に
 しきりに傾けていた



 風の向きにより
 公衆便所から
 小便の匂いが漂ってきた
 高架を走る車の音と



 ガタンと
 ジュースが取り出し口に
 落ちる音がする
 そばの潰れた商店の前に
 70円ジュースの自動販売機があった
 屈みこんで
 苦しそうに取り出す
 一切合財が入ってそうな
 大きなバッグを肩から提げた
 Tシャツの丈が足らない
 腹の出た男が
 うまそうに
 甘ったるいだけの液体を飲み干すと
 一人にやっと笑った







自由詩 焼却炉 Copyright カンチェルスキス 2008-10-14 12:41:08
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