昭和の電車
服部 剛
渋谷駅前広場に置かれた
緑のレトロ電車に入り腰を下ろせば
クッションみたいな長椅子は
日頃の腰の疲れを
吸い取るように暖かい
走ることの無いこの車両に
集まる老若男女は
不思議な童心に包まれながら
嬉しそうに言葉を交わす
壁に貼られた白黒写真の前に佇む人は
昔の渋谷の村を流れた
「春の小川」に思いを馳せる
2008年の渋谷のハチ公前は
数えきれないほどの
茶色い髪の女の子達や
眉毛を剃った男の子達に囲まれ
停車したまま動かない
レトロ電車に入れば
不思議な昭和の時間が
緩やかに流れている
文庫本を開いている僕の隣に
「よっこらしょっ」と
白髪のお婆さんが腰を下ろした
ベビーカーを押しながら
若い夫婦が入って来た
目尻を下げたお婆さんが
猫背のまんま覗きこむ
ベビーカーの中から
幼子の歓ぶ声が車内に響いて
乗客みんなが振り向いた