受胎告知
ホロウ・シカエルボク







分裂を繰り返し損ねて畸形でくたばりかけた細胞がどうしようもない呪詛を吐きながら加重する真夜中の少し前、廊下に落とした昨日の、未消化のフレーズたち、ぶくぶくと粘度の高い泡を吐き出しながら整理出来なかった俺のことを静かに眺めている、俺のそばにある100万の火薬庫、俺の中にある100万の欺瞞、顎の力で噛み砕いたら口腔に酷い傷が出来た、読むたびに膿の味がする、救われはしない、救われはしないぞ、内側から、周囲からしがみつく亡者ども、指先が伸びてくるたびに全身を腐臭が走る
髪の毛のように刻まれたガラス窓の細いヒビ、あの裂け目から何かが見える、すぐにそんな寓話を信じてしまうのは報われない魂の悪い癖、ひび割れた窓から覗き込むものは浄化されぬものたちだと雨月の時代から相場が決まっている、そら、仲間入りかい、冷たい手を取りなよ、墓場からの体温の、冷たい奴らの仲間になるがいい、冷たさばかりをありがたがる詩人、お前の大好きなものはいつでも冷たい土の下にあるんだ、後生大事に書き上げた紙束を土葬してしまえよ、埋葬してしまいな、お前の大好きな暗い雨降りの午後に
身体が静かに揺れているのを感じる、疲れなのか、ゆらゆらと忘却の拍子を取るみたいに、失われるもののカウント、お前の大好きなカウント、欲しいものはいつだって暗い眼をしていただろう、鏡の中を見てみろよ、お前の大好きな眼、恨み言を言うつもりなら過去のストックから探せよ、きっとそんなに新しいものは出てきやしないから
太陽の世界をお前は信じない、いつしかそんな風になってしまった、お前は誰よりも生き延びることを望んでいるのに、不老不死!ありがたい!この暗闇の先が見えるなら生命は果てしないほうがいい、ひび割れた窓からどれほどの死が覗き込んでも、果てしない死臭と話し込みたい、あらん限りの死のかたち、俺に教えてくれ、俺に教えてくれよ、運命から離れたって言葉は書き続けられるさ!足元の確かさについて考えたことあるかい、それが確かな生だと感じたことが?俺は信用しないぜ、生命などまぼろしで構わない、そんなもの、現実として機能しなくともいっこうに構いはしない
亡霊のようなものだと感じる時があるんだ、俺の本質は亡霊のようなものだと、肉体の言葉を通り過ぎた所に本当の詩がある、本当のポエジーが、確実に目視出来る霊魂、それこそが詩の本質ではないのか?亡霊のようなものだと感じることがある、俺の本質は確かにそういうものだと、俺が鏡の中を覗き込むその時、俺の大好きな薄暗い眼は本当にそこにあるのか?俺はもう10代ではないから、そんなことについて真実を求めたりはしないのだ
今が一瞬のもとに過去になるように、生命は死としてでしか認識出来ない、リアルタイムに感じているものは、本当は僅かな誤差の上にある新しい死なのだ、たったひとつの誰かの人生は、死に絶えて死に絶えて死に絶えた挙句二度と過去を生産出来なくなって、本当の、最後の詩が訪れる、その時まで死に続けるのだ、俺はその死の音を聴き続けながら死に続けたい、その、たったひとつの最後の死が来るまでさ、俺はすでに再生を繰り返す新鮮なゴーストなんだ
狂ったエンジンが窓の外を通り過ぎる、小さな震動が小さな部屋を揺らす、振動を確かめながら言葉を吐いていると俺には新しいリズムが生まれるのだ、新しいリズム、新しいものだって死に続けている、どれほど積み上げられる、どれほど積み上げられていくんだ、このゆるやかな宿命、このゆるやかな終局、連続する終局、連続する終局の構図、連続する終局の系図、余すところなく知りたい、余すところなく知りたいんだ、あとどれだけ死に続けられる、この生が、この死が、お前には信じられるのか?もう一度繰り返せ、もう一度繰り返して突きつけろ、見えない限りは諦めてはならない
死臭を浴びながら再生する、死臭を浴びながら再生するんだ、ひとつの死も無駄にしてはならない、それは大事な言葉を取りこぼすのと同じことだ、音楽のように繋げろ、音楽のように繋げて、霊体のように記録するのだ、同じことを、同じものを、何度も続けていかなければならない、続けている間にも死は増えてゆく、ひとつ残らず、ひとつでも多く、もっと早く、もっと早く指先が動けばと思う、何も聞こえなくなるほどのスピードで書き続けることが出来れば、脳隋の信号を意識を通さずに書き続けたい、俺の知らない領域の俺、俺の気付かない世界の俺、もっと居る、もっと居て、やはり死んでいく、死体!幾千の俺の死体が呼気に乗って舞いあがるのが見えるかい、地上から吹き上げられる風を捕えないスカイダイビング、俺の死体が言外の意味を乗せて誰かのもとへ飛んでいく、それは、ああ、それは、どこの誰かも判らないやつに受け止められた時に初めて成就と呼ばれるのかもしれない、死と同じ数だけ成就を見たい、それは果たして馬鹿げたことだろうか?くるくると小刻みな輪廻の中、もはや取捨選択の余地はなく、すべてのものを見なければならない、あらゆるものを繋ぎとめんとする覚悟でなければこの先俺はきっと綴ることが出来なくなってしまうだろう、怯えた虫のように言葉を選びながら綴るなんて出来るものか!言葉はきりもみしながら飛んでくる、俺の全身に焼け焦げた銃創を残そうとして激しく撃ち込まれる、この世で最高の快楽を伴う機銃掃射だ、俺は両手を拡げて受け止める、傷む趣向のサンドノイズ、この俺の心臓が吐き出す汚れた血のことさ、ごほごほと俺の唇から洩れる赤い血と、壊れた呼吸、この俺の壊れた存在が立てるいびつな稼働音さ、理解出来るかい、理解出来るか?理解出来るのかい、欠損を晒すためにこの俺は生まれてきたのさ、それがどんな新しい傷みを生み出すのか、お前に理解出来るかい
俺はいつの間にか倒れている、秋の始まりの風に冷えた床の上に、倒れている、うつ伏せになって、死体には暖か過ぎるけれど、容赦無い詩情は肉体を蝕む、立てなくなるほどの言葉、立てなくなるほどのポエジー、俺は床の上で暖か過ぎる死体となって、彼らの成り立ちを確かめる、確かめるだけですべてが通り過ぎてしまう、風のようだ、まるで風の、答えは風の中、あの歌は正しかった、蠢くものは風になる、継続するものたちは風になる、風は孕む、真理を、摂理を、無数の傷を、傷みを聞いてくれ、一番確かな記憶だ、違うとは言わせない、風、風、風が吹きすさぶ、とんでもない蠢きだ、とんでもない轟きだ、そんな風に風が聞こえることに、暖か過ぎる死体の俺は畏怖と感謝をとめどなく繰り返す、ひとつも漏らさずに、ひとつも余すところなく
最後の一点を求めているのではない、俺が言葉を綴るのはたった一瞬の為の作業、鋭利な刃物を刺しこんでくり抜くように記憶を記録する、どんな種類の記憶でも構わない、でっち上げでも、リアルなものでも、どうせ現実感など薄れてゆくものだ、現実など初めから便宜的なものに過ぎないのだから、刻みつけられたものはこうして吹き上げられるのさ、出来る限り早く、出来る限り多く、確かに捕らえられるように、晴れた空のもと降り注ぐスコールのように、受け止めてくれ、これは俺自身の最も確かな記録だ、偽りはしない、感情を、思考を介さないものには偽る余地などない、俺は晒されたものでありたい、そうでなければ俺は無駄に死を積み上げるだけの暗闇の羊歯で終わってしまう、胞子のようにそれは飛び交って、植えつけられて欲しいのだ、俺の結末はそうして分散される、飛び火したどこかで燃え続けて欲しい、可笑しなことだと笑わないで欲しい、俺は俺が受け止めてきたもののように受け止められることを望んでいる、死に続けているからこそそうして繋がれてみたいのだ、可笑しなことだと笑うかい、可笑しなことだと笑うかい?それならばお前は今どうしてここに居る?チップスの足しになるようなものを求めて、ここに来たわけじゃないんだろう、求めているものの本質なんて、そうそう違ったりはしないものだぜ
紳士淑女諸君!俺の曝け出したもののことをどうか忘れないで欲しい!俺がどんなふうにそれを望んできたのか、喉が渇きを覚えるほど俺は語ってきた、それがすべての理由ではないし、それがすべての動機ではない、だけどもしも別れの挨拶の代りに俺に言えることがあるとすればそんなことぐらいだ、言葉に出来ることなんてそんなことぐらいなのさ、それ以上のことは俺には判らない、今では判りたいと思う気持ちもあまりない、それは時々、ある種の速度の先に行けた瞬間に垣間見えるだけでいい、俺がこの手に出来るものはそんなところで構わないのだ、ひとつも残さずに、ひとつも余すところなく、だけど、言葉は必ずすり抜けてしまうものだから、言葉は必ず忘れられてしまうものだから、それは俺が死に続けていることの証なのだということを―まさかこの俺の死臭を届けるわけにはいかないのだから―残さずに、余さずに、ねえ、俺の話したことにある種の受胎が描かれていたのを感じることが出来たかい?死に続けて欲しい、生まれ続けてほしい、連続するものにだけ宿命はあるはずだろう、まるで別人のように壊れていたって構わない、一瞬など誰にも制御出来ないのだから、俺は信じる、俺は信じる、俺は信じる、俺は信じる、俺の言葉がどこかで生き続けることを、晒された俺のかけらが――


新しい胚の中でぐずぐずと新しい死を生もうと振動し始めていることを――――





自由詩 受胎告知 Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-10-13 15:01:58
notebook Home 戻る