還元水の楽譜 #4・5
《81》柴田望
*第四マテリアル*
許す許さないの
連鎖から
逃れようと
ひたすら...走る
あらゆることは
予想どおり
二度起きるだろう
閉ざされたあらゆる窓や
扉の隙間を気にして
顔を棄てて
名前を変えても
視界の隅に永遠に生きる
かれはどこへでも憑きまとう
太陽を背に
次の太陽に向かって
ひたすら...走る
たったひと言の
啓示に
怯えて
あらゆることは
予想どおりの
訴訟沙汰になる
だろう
する TO BE
か OR
しない NOT TO BE
か
に
関わらず
*第五マテリアル*
お義父さんの畑に降りそそぐはずの陽光を遮断する桑葉の大枝を切るためにトランク開けたまま鋸と脚立乗せて走った近所の大人たち野菜作る小学校の敷地お義父さんの畑は一番奥なので防風の桑や桜が天まで生い広がりトマトの伸びを遅らす二つ折りの脚立開いた梯子幹に立て掛けてお義父さんは高いところまで颯爽と登り削り屑さらさら落とすある程度切れば折れるかに見えたが樹皮は硬くしぶといようやくガサガサ落ちる大天狗の団扇からトマト護るため地面で待ち構えていたぼくはしだいに空へ吸い込まれ突如尻餅ついて枝豆踏んだ義父さんも梯子よろめかせたびたび落ちそうになったやがて桑のほうが根負けしたかくしてトマトと枝豆は暗黒面の支配からほとんど開放され午後2時の角度と出会うぼくらが吸い込まれた空は断ち切る行為そのものの切断により開栓された光の供給分だけ雨も直接ふりそそぐであろう生い茂る桑の葉の枝に死をもたらした痕跡により生長を促す碑を遺す良い作物の実りには良い光と良い影、良い土と良い空気、良い水と程よい乾燥が必要だ条件を理想に近づける理想掲げた時点ですでに作業ははじまっておりどこかで切らないかぎり闇を排き出し下界の生命へ運命をもたらすもちろん影だって必要だ全部を見たからと言って視覚できない事情までは知るよしもないと知るのが捜査の鍵だ
初出『砂の女』08年7月発行 《81》柴田望