Born To WIn [カラスパナ]
プテラノドン
僕たちはレコードを回した
握っていたハンドルも、
スパナも振り回した
回さなかったのは時計だけ
―ドン・プテラノ「回さないこと」
通り雨、駅に人が来るのを待っているあいだも、
時計は止まっていたと僕は思った。
ホームから次々に小走りで現れる
人の群れを迎え入れるために、
たえ間なく回り続ける
車を見ていた。
そのそばを通ったとき、
フェンスの脇に置き去りにした
折れたスケートボードはなくなっていた。
貯水タンクの落書きは残されたままだった。
「今何時?」と、友人の問いかけに
僕はクラクションを五回鳴らした。
その音と、工場かどっかに設置された
スピーカーから流れる「恋は水色」のメロディが
重なった。
毎日こんな音楽聞かされたらどうなっちまうんだろう。と、
ジョーイは言った。「たぶん、気絶するんじゃないの?」
と僕は言った。
そして片手はハンドル、もう片方は窓から出して
「気絶した時間を呼び覚ますために」の持論をかざし、
街灯にむけて指を鳴らす僕に、もしもお前の指が
マッチか何かだったら―と、ジョーイは言った。
「街は大火事になるぜ。」
それから、生まれてこのかた僕が出会ったその誰よりも
僕の耳を奪う愛嬌ある口笛でジョーイは、
ドリストロイのジャストワンルックを奏でた。
僕はそれに合わせて適当にハミングしながら、
ジョーイがダニィの姿を―多分、出会ったばかりの頃、
ふざけ半分で僕等にアメリカ式のあだ名をつけてくれた
その時の彼女の笑顔を思い浮かべている間、二、三週間前に
真夜中の住宅地で見た、煙草を吸いながら犬の散歩をする
二人組みの女の娘たちの行く末を僕はずっと考えていた。
もしくは、彼女達に後部座席に置かれたアレを見せたら、
一体どんな表情をするのか考えただけで、心が弾んだ。
だから信号が青に変わっても僕は動こうとしなかったし、
ジョーイだってそう。幸せな気分。バックミラーに映るのは
無人の道路。とはいえ、足跡のかわりに
雨の跡が、雨音が、今すぐにでも。
それって悪くないけど。車を洗ったのに。
なんてよからぬことに耳を澄まし始めた僕の様子を見て、
ジョーイはカ―ステレオのボリュームを上げた。
カセットテープがハシアドキンスから、ストロークスの
?ラストナイト?に移った所だった。それで思い出したかのように
「ワース、昨日のアレ持ってきたか?」と、ジョーイは言って、
だらりとはみ出たベルトをギターに見立てながら演奏を始めた。
僕は後部座席から包装紙に包まれたそれを手渡した。
紙袋の中には馬鹿によく出来たカラスの剥製が入っていた。
マシュ―はいうには、畑にぶら下げときゃ案山子は用無しで、
場合によっては本当に、価値はあるのかもだけど、
僕はお前の商売相手の農家ではないし、
こんなんでお前に貸した金がチャラになるわけじゃないけれど。
それに昨日の夜、
喧嘩をふっかけて来た若者の頭をジョーイがぶっ叩いたせいで、
首がもげかかってブラブラしている今となっては
何の価値もないんだよ。と、マシューに言ってやるべきか。
捨てちゃ駄目だ。そう言って、こんな不気味なもんを
僕の車に持ち帰って、あげくのはてに
「明日、ダニィにあげるから包んでおいてくれよワース」
なんて、よりによって
彼女の誕生日プレゼントにするつもりでいる
しらふじゃ思いつかないジョーイのサプライズに
口をはさむべきか。
「おい、こいつ息しているぜ」紙袋に耳を押し当てながら
ジョーイは子供のおどけ口調で言った。
「タフなカラスだな」僕は仕方無しに、そこにあるであろう
カラスの胸に耳を当てた。するとジョーイは、
「ケ・キエレス?ケ・キエレス?」と腹話術の要領で話しかけた。
「大佐、それってどう意味?」僕は、僕らが中学校の頃、
馬鹿にしていた男のあだ名で呼ぶことでジョーイに敬意を払った。
「調子はどう?って意味さ」マシューが言うには。だけど。
本当の意味は「何の用?」だったが、
そんなことはどうだっていい。僕らはその言葉を
ありとあらゆる口調で発音した。
「で、お前はダニィに何をあげるつもりだい?」
僕の顔に煙草の煙を吹きつけながらジョーイは言った。
「これなんてどうだろう」と、僕は昨日喧嘩した男から
取り上げた、棍棒みたいなスパナを
ダッシュボードから取り出した。
「大佐、これは物騒だぜ」とジョーイは
戦利品を手にした海賊のように、もしくは
ビールジョッキをかかげる海賊のように、スパナを
まじまじと眺めた。僕はそのまま煙草の灰と一緒に
シートに涎をこぼすんじゃないかと心配になる。
「いっぺん、彼女にそれで頭を直してもらうといいよ」
「悪くないな」ジョーイはそれで確かめるように、
自分の頭をスパナでこつこつ叩きながら答えた。
「駅に来たら聞いてみるといい」そう言って、
僕の股間を引っ叩く隙を狙っていたジョーイの手から
スパナを取り上げて言った。
「そうしよう、大佐」とジョーイは、ゴミ箱に空き缶を
放り込むように路上に煙草をほうり投げた。
それから
「ケ・キエレス?」
空を見上げて言った。
ロータリー付近に車を止め、車内から
ダニィが来るのを待ちわびていた僕らの脇を、
真っ黒な一台の車がゆっくり横切った。
「こっちも、フルスモークだな」と、
車内に立ち込める煙草の煙をさしてジョーイは笑った。
僕らが窓を開けて、煙を外に掻きだしていると、
再び現れたフルスモークの車が横に止まり、
下げられた窓から、物言いたげな男が顔を出した。
男は僕らに向かって何かを言ったが、僕には聞こえなかった。
「何て言ってんのさ」ジョーイは僕の問いかけを無視して、
最初、裏返した「ピースサイン」を、
それから人差し指を折って「中指」のサインを
そして最後に、
そればっかりは伝わるはずもない真っ当な「ピースサイン」を
そいつらに贈った。
それは僕らにとって―捧げるという意味では―最高の挨拶だった。
土方で働くジョーイは、新宿駅改装工事の帰り道に、
道路の真ん中で迷い犬がぐるぐる走り回る場面に遭遇した。
そいつは近づこうとする人すべてに噛み付こうとしていて、
きっと自殺するつもりだったんだ。と、ジョーイは言った。
で、その話の結末はこう。犬を助けたのは、
コンビニから飛び出してきた男で、
犬に噛み付かれていた男の腕の手当てをしたのはジョーイ。
そして、犬の首を作業用ロープで縛ってあげたのもジョーイで、
犬を引き連れてその場を去って行った男は
「俺にピースサインしながら歩ってたんだよ。」
それからジョーイは事あるごとにピースした。
礼節を欠いたらおしまいだってこと。何のためにかは
よく分からないけれど、その方が楽しいのかもしれない。
大概の人間は気づかないし、そいつらは気づいたって
知らぬふりしてその場を後にするけれど、
そして今、僕らの目の前にいるそいつらに至っては
罵声だけでなくペットボトルまで投げつけて
走り去った。
「ぶっ○○○やる!」
僕らは昨日の夜を再現するように
そいつらを追いつめ、追い越し、橋の上で
停めた。ジョーイが、運転席の男の胸倉を掴み
車から引きずり出し、
片手で持ち上げたのを見て僕は
スパナを持って車から降りた。
男はわめき立てていた。そいつが何を言っていたか
僕らは聞いちゃいなかった。ただ、
二人で視線を合わして笑った。
おそらくジョーイは僕を見て、
そんなに悲しい顔で笑わなくたって
いいじゃないかと思ったに違いないが、
「嫌いにさせんなよ!」と、そいつに向かって叫んだ
ジョーイの声は泣きそうなくらいで、僕は聞きたくなかった。
これ以上、世界を嫌いにさせないでくれよ。糞野郎。
僕らは二人とも
そいつの、糞野郎の鼓膜が破けてしまえばいいと思ったが、
僕らのほうでも構わなかった。けれど、破れたのは空だ。
僕はまた、沈んだばかりの夕日と
やけに明るい星空の裂け目から吹き出す
沈んだ風の音を聞いた。
「聞こえる?」と僕は助手席で動けないでいる
スキンヘッドの男が、まるで女の娘であるかのように
優しく笑いかけた。
「これどうやって使うか知っている?」と、今度は、
ゴムの使い方を知らないガキに教えるみたいに
スパナをじっくりとそいつに見せた。
それから僕はサイドミラーを叩き折り
スパナを川に放り投げた。
「取って来いよ!」
ジョーイは、
渋滞していた車の列から
耳障りなクラクションを鳴らしていた
そいつを黙らせるために
車に戻って紙袋を掴んだ。
その時まで
ジョーイも、僕も気づかなかった。
紙袋を突き破って、夜空に向かって飛び立ち
姿が見えなくなったその時ですら、
カラスが息を吹き返していたなんてことに。
そしてちょうど今ごろ、
時間どおりに駅に降り立つ友人の姿があるならば
僕らを待つその頭上で、
「ケ・キエレス?ケ・キエレス?」と
問いかけてくる鳥の声があるだろう。もしくは、
生まれたばかりの赤ん坊が、自らの手を
頑なに握りしめるように、そいつは、
スパナを掴んでいるに違いない。
だけど、君ならそれをとることができるんだよ。
手を伸ばすことさ。
ほら、ね。