小川 葉

 
雑音が聞こえる
鞄の中から
聞こえる声を聞きながら
母は呆けた

雑音が聞こえなければ
昔のような
声で母は話した

鞄の中から
雑音が聞こえると
途端に母は
声を濁らせる
呪われた
夜の日々が続いて
ついに母は卒倒した

そしてやすらかに
やすらかに眠りはじめた

翌朝母は
鞄に顔をつっこんで
冷たくなっていた
見てはいけないものを
見てしまったような
顔で

雑音も止んだ
あとはさみしい
音のない
大きな家に
父がひとりのこされた

鞄の口をそっと閉じた
無口な父が
はじめて声に出して泣いた

そこはかつて
たくさんの声で満たされた
家族の場所だった
 


自由詩Copyright 小川 葉 2008-09-29 23:25:07
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