Everybody Loves Somebody
渡 ひろこ

二重奏が聴こえる
ベースとピアノが語らい合っている
たった今、老年のピアノ教師は華やいだカードを引いてしまったらしい
指先からときめいていく旋律が、ベースのコード転回に絡んでいく
熟年のベーシストは子犬のように弦をつま弾いて



Everybody Loves Somebody
艶のある甘いメロディが室内に響き、戸惑うわたしたちを包む
おいてきぼりになったわたしたちは、レッスンを諦めて
ベーシストの差し入れたプリンを口の中でゆっくり溶かす
底に残るカラメルソースがやけに苦く舌を刺してくるのは
隣りでままならないカードを捨てきれずに
握りしめる女の子のせいかもしれない
背徳の薫りを纏うにはまだ若すぎるのに
産毛の光る顔は、きっとその薫りすら気づいてないのだろう


彼女の選んだビターチョコの苦さは
舐めているうちに飽和していつしか違う味に変わる
みんな大人になるならカカオの含有量で決まればいいのに
相変わらずカードを持ち合わせないわたしは
甘さと苦さに挟まれて息苦しい




誰かが誰かを愛してる
陳腐な歌詞にうすら笑うことさえ許されないような
二重奏のむせ返る空間
まろやかなクリーム色と焦げ茶色が混ざり合い渦になって
わたしは捲き込まれ呑まれていく


濃厚な味が広がり舌が痺れる
ああ、喉がカラカラだ
硬質の水、が欲しい






目の前にカードが置かれている
乾いたわたしは素知らぬふりをして
スペードのキングを人差し指の腹で撫でた






自由詩 Everybody Loves Somebody Copyright 渡 ひろこ 2008-09-29 21:02:36
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