せかいをいきる
吉田ぐんじょう


一か月が
余りに速く過ぎ去るような気がして
どうしようもない
服を着替える間もなく
あっという間に秋である
外ではまるで軍隊のように
流行なのか
同じ型の服を身につけた女子が
勇ましく砂煙をあげて歩いてゆく
夏服のままでいるわたしは
とりあえず4Bの鉛筆を尖らせて
カレンダーに日にちを書き入れた

一か月を百日にすることとしたのだ

書き終えると安心した
暑さも戻ってきたように思う
冷凍庫からパピコを出して
かじりながら空を見上げた
まるで動脈を一気に切り裂いたみたいな
痛いほど真っ赤な夕暮れだ

わたしの
がらんどうの胸郭で
じんじんじんじん蝉が鳴く
切なさのような感覚である


米を研ぐときが
一日のうちで
もっともさみしい時間のように感じる
台所でひとり背中を曲げて
ここにはいない誰かのことを考えながら
指先に はかない感触

さくさくという音は
壁に反響することなく消え
自分の影ばかりが
塗りつぶしたように真っ黒だ
なんだか絶望してしまう
永遠ということについて考える

すこし寒い

とても寒い


何もすることがないので
掃除のようなことをしている
何かを一生懸命やっている振りでもしないと
体から空気が抜けて
ただのみすぼらしい残骸に
なってしまうような気がするのである
床に直に積んである本を動かし
別の位置へ移動したり
くしゃくしゃに落ちている服をひろって
たたんでまた置いたり
そんなことをしているうちに
部屋のあちこちから幾つも幾つも
使い捨てライターが出てきた
腹のあたりにどこかの店名が印刷されている
見覚えのない店名ばかりで
なんだかぼんやりしてしまう

この家には
実は何人ものわたしが
ひしめきあって
存在しているのではないだろうか
ただお互いに見えないから
独りだと思っているだけで

考えながらフリントを回す
ぢっと音がして
意外なほど綺麗な火がついた

ぼんやりと照らし出された部屋は
どこか別の
まるで知らない場所のように見える
カーテンの後ろに
誰か隠れているような気がする


世界が広すぎるような気がして
不安な夜は
箪笥の引出しに入って眠ることにしている
引き出しの中の洋服に埋もれ
体をぐっと丸めて
止め処なくさびしがりながら
この
どこか高い山の頂上から吹きおりてくるような
さびしいという感覚は何なのだろう
心臓を一瞬止めるような
心を真っ青に染めるような

すっかり引出しを
閉めてしまえば安心である
まったくの闇の中には
暖かい
とても親しい感じの
何か大きいものが
いるような気がする
その大きいものに抱かれて眠る
眼を閉じると
洗剤のにおいと
皮脂のにおいがまじりあった
人間のにおいがして嬉しい

そしてわたしはもう一度
朝に生まれなおすのだ
ぎっぎと内側から引出しを開けて
あたりを見回しにやにや笑う

そうして
何も知らない子供のように

新しい世界にお辞儀する


自由詩 せかいをいきる Copyright 吉田ぐんじょう 2008-09-29 05:50:28
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