青ピラ
木屋 亞万

わたくしは実は生まれる前のことを
かすかに覚えているタイプなのでございます
かつてわたくしは青いピラミッドの中にいたのです
ピラ内では日によって香りが変わりまして
花畑にいたのでしょうか
それとも花壇で植木をいじっていたのでしょうか
切花を花瓶に生けていたところかもしれません
とにかく花の香りがいたしまして
わたくしは状況を想像するしかなかったのですが
何せ何一つ見たことがございませんから
匂いから色々と思いを馳せては悦に浸っておりました
それはそれで楽しいものでございました
特に花の匂いは季節ごとに変わり一年で一周しますので
年を重ねるごとに想像も現実感を増していったのでございます

花だけではございません
大蒜や唐辛子から生姜、山葵にいたるまで
香りのきつい料理には毎回食欲を刺激されまして
とはいえ味も想像するしかないのですが
風味や雰囲気から味覚をもりもり妄想したのでございます
炊き立てのご飯の匂いはその頃から白いイメージでしたので
わたくしの世界構築能力もまずまずといったところでしょう
食感に対して大いなる期待を寄せておりましたゆえ
生まれてすぐの離乳食には唖然としたのを覚えています
真実を知らないほうが幸せだったのだと思いつめたこともありましたが
事実は真実よりも希望に溢れたものでございまして
今や夕食は毎日ほくほくの白飯をがっつり食べております

子ども達のなかにも母親の胎内にいた頃の記憶をお持ちの方は
ちらほらといらっしゃるようでございますが
青いピラミッドの存在を覚えているのは
僭越ながらわたくしぐらいだろうと思われます

青いピラミッドは大気中をさりげなく浮遊しております
それがもし赤い手に見つかるようなことがあれば
あれよあれよと赤い手を伝って運ばれていき
ベルトコンベアーに乗せられ人型に加工されてしまいまして
母親の子宮と父親の膀胱に分解して転送されるのでございます
その過程で青ピラ内での記憶は初期化されてしまうので
わたくしは究極の欠陥品だったのだと思われます
しかしまあそのおかげで青ピラを今でも見ることができるのですが

赤ん坊は生まれる前のその前まで綺麗な青色をしています
喩えるならば地球の蒼です
つまりは大海原の蒼なわけですが
少しくすんでいて様々な青を識別できる目が必要となります
雪国で生まれ育った人たちがたくさんの白を知っておられますように
わたくしにもまたたくさんの青の記憶が蓄積されているのです
だから青空を浮遊する青ピラを見つけることもできますし
曇り空でも夕方でも夜でもさりげなく浮遊しているのに気付くことができます
ただ青ピラを見ることができる功罪として青の美しさが目に付きすぎるというのがあります
わたくしが今着ております青いスーツも上下とシャツとネクタイでは
色が全く違う青なのでございますが芸術家でさえその違いに気付いてくれないのです

匂いに関してもおんなじでございまして
わたくしにとって匂いの種類も今言われているものよりももっと山ほどあって
特にわたくしの大好きな白飯は米の状態や質から炊き上がり温度や時間経過に応じて
多様なアロマ・フレグランス・スメル・パフュームを持っているのでございます
それに加えまして米の色彩などの外観も合わせて分類すると
恐らく白飯辞典が完成するほどございますのであまりこだわらないようにしています
分類ではなく抽出や抽象化の方に目を向けますと
いい香りがどれも同じような特徴を持っていることがわかります
結局またもやわたくしはその核心を分類しようとしてしまうのですが
何にしても匂いは造形でありながら永遠に自然である究極の芸術なのです

わたくしが研究対象としたいほどに興味を持っておりますのは
この匂いに関することと青いピラミッドに関することなのですが
どうも青いピラミッドは誰にも信じてもらえず研究も捗らなかったので
白飯大百科を出版し今や白飯先生となってしまっているわけなのですが
白飯研究も一段落つきましたのでそろそろ青ピラ研究のほうに移りたいと思います
なぜこのような話をあなたにするのかと言いますと
実はあなたの後ろに青ピラが一つさりげなく浮遊しているからなのでございます
それはいつもあなたに寄り添っていてあなたの背中から伸びる
赤い手に捕まりたがっているようにすら思えるのです
青ピラに好かれる人に悪い人はいません
世界には青ピラに好かれて子どもを作る人と
有無を言わさず青ピラを捕獲する人の2種類がいます
あなたは愛すべき後者なのです

昔わたくしのような経験を持った青愛好家が青ピラのことを青い鳥と表現していたように
青い浮遊物はいつもわたくしたちのそばにさりげなくいるものなのです
青は静脈の色で生命の静寂と帰り道の象徴でございます
ピラミッドは金字塔であり権威と永遠の中に聳える存在でございます
青いピラミッドは魂の殻であり表面そのものなのです
その青ピラをわたくしたちは二人の背中から生えた赤い手を一本ずつ伸ばして捕獲します
その作業は人によって難しいこともあれば意図に反して実現されることもあります
あなたはわたくしと一緒にその作業をしたくはありませんか
もし嫌でないならば捕獲作業に移るまでのしばらくの間
あなたの後ろを浮遊する青ピラにとびきりの香りを嗅がせてあげましょう
色んな香りの花を季節ごとにあなたに贈ります
それにわたくし
いい白飯をたくさん知っているのです


自由詩 青ピラ Copyright 木屋 亞万 2008-09-28 03:20:44
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