止息
伊月りさ

母は逃げ出した
母は我慢強いひとだ
景色を失ってもどこまでも失っても
触手のぬかるみをものともせず闊歩する
母はとても強いひとだ
母はわたしたちを愛している
母はわたしたちを置いていけるはずがなかった
のに
母は逃げ出した、周到に
鮮やかに母は逃げた
翌朝の日差し、刺す
放たれた、わたしたちの、自由は檻なのだと
知りました
ああ、あ
母は
逃げ出したのだ
蒸し蒸した冷たい町を選んだ
母は母にとっての母を選んだ
わたしたちはその残り滓を
母の乳首を舐めた舌でさらいながら
しかし泣いてなどやるものか
と、声に出す精力をつけるための食事はもうない
母はない
夏は破裂した
母は抱きしめられないので
わたしたちはわたしたちを抱きました、
この不快な体温
途方に暮れ
母は逃げ続け
追いすがれない風は冷たくなって


自由詩 止息 Copyright 伊月りさ 2008-09-25 21:23:54
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