赤い屋根の多い町
かいぶつ

僕が机の上に
大きな地図を広げても
働き者の男たちは
こんなものただの古新聞じゃないか
と言ってバケツの水に漬けようとする

ほらここが
僕らの生まれ故郷だよ
そう指し示しても
男たちは足の裏を覘いたり
掌の匂いを確かめようとするので
僕は地図を几帳面に折りたたみ
お尻のポケットにしまい込んだ

お別れの挨拶を手短に済ませ
ダストボックスに
ガムを吐き捨てる
それが男たちの持っている
すべてのような気がして
男たちと過ごした四年間を
この沈黙に近づけまいと歯を食いしばった

地図上に書き込まれた
記号と言葉
妹が大事にしていた犬の落書き
緑色の蛍光ペンで引かれた地名は
僕の好きなフランス映画に出ていた
女優と同じ名前なんだ

傘を差しながら
バスを待っていた
遠くで子どもの泣き声がする
母親の叱り声が
落雷と重なり
僕は驚いて
ひとつバスを乗り過ごしてしまう

バスの中で
男たちがしていたように
掌の匂いを確かめてみた
ただ草の匂いがしただけだったが
これが母親の匂いなんだろうかと思うと
胸が詰まり
また車窓のほうに顔を向け
なるたけ遠い電線を目で追った

気がつくと朝だった
車掌さんに肩を揺すられ
バスを降りると
空も砂浜もブルーで
まだ歩き出すには早いだろうと
近くの自動販売機で
見たことのない珍しい缶ジュースを買って
道路の上に地図を広げた

ブロロロロ・・。
とバスがUターンしてゆく音が
遠ざかって行く
もう戻ることはないのだからと
振り返りもせず
調子っぱずれの歌をうたった

赤い屋根の多い町には
誰かを待ち続ける人が
たくさん暮らしている
これは僕のおじいさんが教えてくれた
ふたりだけの秘密

そろそろ歩きださなきゃいけない
大きな地図を広げて
本当は何の役にも立たない
大きくて真っ白な地図を
両手いっぱいに広げて


自由詩 赤い屋根の多い町 Copyright かいぶつ 2008-09-24 22:58:56
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