ルネッサンス
aidanico
beautiful noise
人はここをいつも烏が犇いていて気持ち悪くて騒がしいだとか耳を劈く様な悲鳴が聞こえるだとか、とても五月蝿い場所のように言うけど、僕自身にはとても心地いい場所だと思うし、満足している。人々が言う喧騒は、確かに耳の奥を掠める程度には聞こえるけれど、でも、それ以上じゃあ無い。寧ろずっと海鳴りを聞いているようで、お陰でとても安心して眠ることだってできる。なんて贅沢を言っているのかなあ、と思わず首を傾げたくなるものだ。音を煙たがる人たちは、空気を煙たがる人たちだ。煙草だって吸う時にはマッチを擦るときにしゅっと空気を削るような音がするし(彼らはなんて危ないことを日常な所作のようにやってのけるだろう!)あまつさえライターを使うとなるとカチッと音が鳴って火花が散って、空気を殴る。こんな行動を平気な顔で出来るやつらが、よくもまあ抜け抜けとこの場所を騒々しいなどと言えるものだ。ああ、叉来る、びいどろのように透き通った僕の生命、流れるように、押し出すように。供給の感覚が近い、きっともう直ぐ僕は初めて声を上げる。その声は煩いだろうか、それとも心地よいだろうか、ぼくはまだ知らない。
salut
サリュ、わたしはあなたの声をきく
サリュ、わたしは知性のおとをしる
サリュ、わたしは母性の意味をしる
サリュ、サリュ、
さあ言う、おおいなる栄光を手にするため
さあ言う、高貴なるたましいを求むるため
さあ言う、また奇なる運命に生死を傾け、
さあ言う、さあ、
白湯、したたかな未知を抜け、
白湯、はじめて浸かるその水は
白湯、なまぬるい母親のたいおんと
白湯、わたしの、手綱、
ぶちりと、
sir,瘤、膿のただれるのを
去る、時の流れるのを見て
さる、有名な着衣の基督が
猿、ぐつわされるのを観て
カミュ、あなたの永遠は
カミュ、わたしの永遠よりはるかにながい
カミュ、冒涜をゆるして、
サリュ、わたしはうまれる
暁
私はずっと。眠っている。眠っているのだ。なぜそんなに赤々と電気を付けるのだろう。それでなくても太陽が嫌になるくらい熱く地面を焦がしているというのに。今はちょっと昔のように烏も鳴かないし屋台の音色だって聞こえないし時間を指し示す明確な「音」というのは無いけれど、時計の針がいくら回ろうが空が真っ暗になることがない。見上げれば常に灰鼠の空がそこには在る。時々この世界が映画のように停電をして真っ暗になって終えばよいと夢想することがある。明らかに不可能で自分自身ですらいざとなると困窮するであろうという状況を思い描くのは、絶対にそうならない確信があるからだ。決して墨のような黒の世界が訪れないのを知っているからだ。だからこそ非現実に憧れ、現実を憂える。現実と非現実とは時に薄っぺらい教科書と子供向けの玩具のような、脆くて危うい、在る一転の所で震えるような緊張を保っている、そんな気がする。それでもなお町が、都市が、煌々とした明るさを保っているのは、当たり前のようで、とても作為的なものだ。そこには物質的なもの以外の、多くの力というものが注がれている。しかし、作為的なものは、その作業を為そうという意思が無くては成立しない。真っ暗って、そう言う事なのかな。意思が無くなること。眠りですら生理現象ではないのだ。そこに眠ろうとする私がいるからこそ、深い闇が訪れ、携帯電話のアラームで目を覚ます。例え明るい空が鬱陶しくても、その明るさが無くなれば瞼を閉じることすら憚られるだろう。そして引き出しを手探りしてそっと蝋燭の光を灯すだろう私は、ずっと、眠っている。私の周りの空は明るいけれど、でも確かに、眠っているのだ。
under the water
夢のつづきは終わらない
あしたを
さがして
たたずむ
心理の勝手知ったる儚さ
、みずを
さがして
ねそべる
「…ここはまだ明るい?
ああ
!なんて
あおい、
ゆうやけ
完成されていない唯一の
人間でもない魚でもない
せいめいとの名を借りる
わたしのなまえを捜して
ふかいふかい水のなかに
umbilical cord
うすい皮膚の上を滑っている
絹でもない、びろうどでもない
貝殻のような爪を口に含み
撓るでもない翻るでもない
針金の孔雀睫を擦りながら
まだ開かない、まだ開かない、
桃のような頬を膨らませ
小さな臓器は恋焦がれる
産毛の先を震わせながら
ああ、
お前を待つのは大きな静寂
お前の乞うのは暖かき胎動
作り出せよ、
真っ赤に目蓋を腫らして
お前はまだ生まれていないのだ、泣くなよ!
淡い色彩の中に隠れている
青でもない、白でもない
踊るような彩りを見出せよ
流れ出せよ融けだせよ早く
I
あてせみてけあかっぉうであばいな
なこのててっぐさをかなんまでかい
たんひかっぽくづくつくずうんなな
おならりあるわまるくるくていいい
めおをとないえまろしうてぎまらい
がんかあたつしたわああしみいくな
ねなえなものしらみののをわみいゃ
あなすたわまりい!たるちいいたじ
かんよあたにたいあないだなまみい
いてうなしかまたここにかえしてら
なみにがもよこたわってさいてけき
いだいあいたいわなんてもうしかは
もらなくなってわたしらくたんをす
のならばすててしまいこんでかぎき
はきらいわかいたばこにがいあまい
ノイエムジーク
朝起きると気付いた、空は貼り付いているんだ
青色のセロファンが
電球を通して海を染めているんだ
それを知ったのは今日だった
間違いも無く今日だったんだ
昼に目を瞑って気付いた、ぼくの心臓は薄い翅なんだ
ほそいほそい小さな音で
胸で鳴っていたのは蜻蛉の羽音だったんだ
それに気付いたのは今日だったんだ
間違いも無く今日だったんだ
夜寝るとき気付いた、君はぼくの真似をしているんだ
肌色の服を着て
薄桃に頬を赤らめたのも偶然じゃなかったんだ
それを気付いたのは今日だった
間違いも無く今日だったんだ
鳴っているのは黄色い何時かの耳鳴り?
夜の明るさに共鳴しているんだ
泥濘に
足を踏み入れたことにも気付かずに
目が覚めると気付いた、空は貼り付いているんだ
青色のセロファンが
必死に七色になろうとしていたんだ
赤いワルツ
私は思い出す/つめたい夜に/カルメンの盗んだ/赤いワルツ!
/或る冬だった/私はもう目の前を何度も旋廻していた/震えるように足拍子を刻んでいた私を席に着かせ/踊り狂う赤い靴をホットミルクで切り落とした/「ワルツを刻めば善い」/その髭の男は言った/暖かさに浮遊した私の心はいつの間にか彼の元を離れ/隣には八重歯の男や眼鏡の男やハンチングの男などが入れ替わり立ち代わりに坐り/哲学や理論や他愛も無い言葉のなかに陳腐な愛を囁きながら/彼らは彼らの新鮮な心臓を私に差し出した/私はそれを恍惚の間に盗んだ/かと思えば彼らはいつの間にか私の心臓を細切れに刻み/カルメンだと思っていた私は幾人ものホセに貫かれていた!/自負心のつよい私は侮辱を感じテキーラだとかウォッカだとかジンだとかありとあらゆる酒を/男たちの顔面に浴びせた/その強い酒たちはは紛れも泣く私の涙だった/ショパンの仔犬はいつか感傷的なラヴェルに変わって私の心臓のない胸を強く打った/燃え上がった情熱は凍った海に投げ出されて/波打ち際へと打ち上げられた/私の纏った襤褸は/まさしくジプシーたる私自身に相応しかった/私の盗んだ真っ赤な狂騒のあの晩の風景は/幻想の中へと葬られる/
いつかの男は/海岸で蹲る私に言う/賑やかなファランドールが流れるなかで/
「つめたい冬が凍て付く海を解かし/穏やかな春が来ても/
“あなたは其処にある”(be there)」と!
螺鈿紫檀の五弦琵琶
鹿が霞ヶ浦で涙、
鬼は玄孫と七並べ
蟹が伊勢に店出すと、
繁盛したよと鰻売り
“手前の名前なんてとうの昔に忘れんした”
八墓村で女房の
首を桜の木の下に、
満開の中に埋めたのさ
「…未ダ放浪癖ハ直ラズ…」
“何時かのやっかみなんてええい儘よと捨てんした”
宇治で地頭が蛆に混戦
――――守備は如何?
「…未ダ放浪癖ハ直ラズ…」
「…未ダ頑ト売リ気ハ存ゼズ…」
「…未ダ伏見ノ稲荷ニハ参ラズ…」
三日三晩で寝ずの番よと、
虫の知らせは未だかいな
未だかいな。
reverse/imitation
電気を早く消しておくれよ、瞼に電気がチラついて走って躓いて擦り剥いてその跡が焼け付いて眠れやしない。あんまりにも雨が泣くから夕焼けが真っ赤に腫れている。グラデーションのパレットをひっくり返して迷い込んだここはまるで透明な遊園地だ。銀紙越しにサファイヤブルーが透けて見える。その碧さがいくら煌びやかに着飾って見えたって、僕は泣かない。そんな物は嘘っぱちだ、と思いながらも前頭葉が熱くなるのだ。見掛け倒しがここ一番の京橋駅のギター奏者、みたいに、メジャーのセブンスで声が潰れる迄叫ぶよ!節目が目立つのは若さの証拠さ、折り目が汚いのは焦燥の証さ、まだ芽が出ないのはきっと時期を耳を澄まして窺っている。携帯電話を携帯して無いのは形態がまだ未発達であるからなんだ、赦しておくれ。そんな遠くで目を細めて君は何を見るの、幻よ、なんて答えないで、市バスの六番は逆さまに烏丸御池まで向かっている。あ、今あなたの思考から私が消えた、持って行った差し入れは邪魔な塵になって廃棄される。そこから僕は居なくなって無くなって朝陽を見るんだ、もう明け鳥が鳴くよ、早く。
鴎
やもめ、やもめ、
一人その背中向け何を乞う。
かもめ、かもめ、
流線の首捻り何を見る。
サロメ、サロメ、
情熱傾けて何欲す。
やがて、あまたは、
総て夢の向こう側へ消ゆ。
鰐
大きな口を開け夢食らふ
鯰よりも鱗の堅き鰐がゆく
のそりと泥土を嗅ぎ分けて
寂しさの残る目であたま擡げる。
若き娘の肉を食み、
荒海の鋒を喰らひ、
だらりと舌を垂れ、
眼球は天を剥く。
みどりが灰色に変わり、
短き手足の止まるとき、
黄金色のおほきなる背鰭あわはれ、
ない手を出して海に還る。
てんこくに踏み入れるには
尾が少し長すぎて。
あはれ体は雲を切り、
深き地中の中に潜る。
況やひとではないものを!
孵る
わたしはわたしという構造を愚かなまでに愛する人間なのです。
チシアンの描いた絵をわたしはみたことがない、のであるが、
明日わたしは見る、その青い絵を、夢の中に。目覚めたとき隣
にはあなたでもわたしでもなく彼がいて、太い唸るような声で
わたしを怒鳴るように諭すであろう。激昂のなかにわたしは見
失ってばらばらになって唄の文句のように「もう帰らない」と
言ったあなたを見出すであろう昨日も一年前も生まれる前も。
世界は素晴らしいと言ったいつかのあなたの声はもう寒さです
っかり掠れてしまっているのですか。という出だしで手紙をか
くでしょう、あなたに。一本の百合はほかでもないわたしに向
けられたものだったのです。彼はそれをひとつの啓示であると
いいましたがわたしはそれをひとつの侮蔑だと非難だと中傷だ
と受け止めたのです。そこから彼とわたしと誰でもないある存
在との不均衡がはじまったとともにそれは終わりであったので
す。そしてわたしたちがまっさらになって母なる海へ還らんと
するときあなたたちが一斉に現れて今まさに生を受けた歓びを
あらわさんと大地が育んだ息吹を吸おうと雛鳥のように嘴を突
き出した瞬間にいのちのひびきをを知るのです。わたしはあな
たの手を握りつぶす力もなくてただただ泣いていました泣いて
いたのです泣いていた。彼でもなくあなたでもなくわたしのた
めに白いシーツに染みを作りました。あの酸素のうすいなかに
抛り出された頃に。嗚咽をおさえることが出来なかったのです。
それは一週間先の六日後の三日前の話でした。わたしのなかで