夏から混沌
ふもと 鈴

誰もいない書庫の静寂身に注ぎ独りで生きる怖さかみしめ

虫の音を聞きながら下る階段で秋の気配とぶつかる足元

コトコトと電車が線路を行く音に別れの余韻も削られてゆく

夜に乗る電車は車窓が真っ暗で外の世界と遮断されて

難しいことばかり思う癖ゆえに人生まるまる失っている

単純に風景の中とどまってこれから先はしらんぷり

素直にと、幾度かしれず口にしていまだ自分を放って逃げる

いつのまにつまった距離を置き去りにさらにぐんと遠くなる背

輪郭の鋭い音は鳴りやまず世界は奥行き保たれている

長々と感性咲かす映画みてビールを飲んで帰りたくなる

細道を上がりてくてく歩くうち心のひだも落ち着いている

高層のビルの角から飛び立った鳥の行方を追った夕暮れ

夕暮れと繰り返し言うバカ二人そんなに好きなら持っていきなと

すぐにでも未来はやってきそうだと不安ばかりを並べて遠足

朝と違うすがすがしさを携えた午後八時の自販機前で

ラーメンを頬張ることに精を出し夜が来たのも忘れてしまった

素直さを忘れないようにしたいから線路みたとき嘘を言うね

好きだとは一度も言わずに済ませたい心を全部燃やしてしまう

青みがかり透明嫌った心だから他を入れたら黒く濁った

語り手を次々とかえ反省を促してみる恋の連なり

目覚めての日差しまぶしく今日もまた一日ありと遠いささやき

白くたつ風の行方を気に入って踊り狂った夏の霧雨

雨音を聞きながら思う憂鬱はここに全部閉じ込めてある

夕闇に遠回りして何度かの夏は過ぎ去りまためぐりくる

映画館外に出れば知らぬ間に何か抜け落ち騒ぐ日曜

移動する体とともに思い出がはしゃぎまわるは命のかぎり





短歌 夏から混沌 Copyright ふもと 鈴 2008-09-23 01:17:14
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