スリップ注意
オイタル

信号の前で車を止める
「スリップ注意」の看板

今朝も家を怒鳴って出てきた
(胸がざわつく)
見慣れた通勤路
消えていく感傷
たたずむ白い看板「スリップ注意」は
いつものお立ち寄り

押し黙る山の向こう
水底深く村々がこうべを巡らすダムの向こう
暗いうちから出港準備に余念もない
漁師の町のおじさんの
買ったばかりのゴム長靴の足元に
「スリップ注意」の黒い看板
そのまた向こうの波の平らな海のゴボリの泡のかなたの
(おぼれっちまう)
アンコールワットをかいくぐり
ガンジス川をかき集め
黒煙が天に流れ込む石油採掘場をめぐりめぐった灼熱の
悲しきアフリカの大草原のお茶目なゾウの足跡の
(哀れなヌーの叫びもあって)
その先に
「スリップ注意」の看板は遠くおののく

「何がスリップ? 何をスリップ?」
晴れた日 海沿いの道路
瀟洒な茶店のドアを開けると
カウベルは嘆き
(小さなミルクの壜で待ってたわ)
彼が真っ白なTシャツで片手を挙げた
その先に
「スリップ注意」の手痛い看板

ゆっくりと停車した
赤い信号灯と白い看板
眠ったままの出窓
何も変わらぬはずの朝の
「スリップ注意」の看板の陰を
キリンの大きなあくびが
ゆっくり過ぎてゆきました。


自由詩 スリップ注意 Copyright オイタル 2008-09-20 06:38:32
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