物の怪
瀬戸内海
あなたの世界のお隣に
私は住んでいるのです
普段は静寂と暗闇に
潜んで生きているのです
あなたが出合った誰そ彼は
現と怪棲む世界
あなたが出合った怪は
夢か現か誰そ彼か
幾度の誰そ彼繰り返し
昔を今になすよしもがな
芽吹いた蘖摘めもせず
今は己の身を嘆く
決して触れてはならないと
親の教えに今背き
決して惚れてはならないと
世界の掟を今破る
惚れたあなたの世界へと
誰そ彼待たずに飛び出した
私の声に振り向くあなた
そのまま背を向け駆け出した
「待って」と伸ばした手は宙を
「寄るな! 触るな! 怪め!」
空しく舞って静かに落ちる
石を投げられ世界を追われ
泣く泣く静寂に逃げ込んだ
惚れてはならぬ人間に
惚れた私はただの物の怪
惚れてはならぬ物の怪に
惚れたあなたも、ただの物の怪