メン・イン・ブラック
ザ・凹凸目目

近頃寝付きが悪い
そうなってから、部屋の電気を全部消すようになった
小さい頃から暗闇が怖くて、豆電を付けた薄明るい部屋で、枕に顔を埋めて寝ていたのに
近頃は部屋の電気を全部消して、まぶたを閉じても開けてもほとんど同じ暗闇で、2時間は起きている
暗闇に目が慣れる前の本当の暗闇から徐々に現れるテレビの砂嵐
まぶたを閉じると同じ砂嵐
なにもない砂嵐を見ながら、頭が回り始める
気が付くと2時間経っていて、窓からは朝日が差し込んでいる
あれ、もうそんなに経つのかと思う
その2時間はとても息苦しくて耐え切れなくて、なんとか向こうの世界に行こうとあがいて暑くて、どうしようもなく長く感じていたはずなのに
2時間経ってみると、2時間分の時間がギュッと凝縮されて、ほんの一瞬前に転がっている
確かに経験したこの2時間分の暗闇を、一体誰が盗んだのか

目をつむる実験をした
目をつむってパソコンの前に座り、まぶた越しにまぶしい部屋の電気とパソコンのモニターを消して、暗闇を見ながらキーボードを叩き続ける
暗闇の中での30分分の思考を、ブラインドタッチする
目を開けて電気を付けて、書き上げた文章を読んで暗闇の30分を追体験した
文字として視覚的に現れた暗闇の30分は、確かに存在した時間を保証してくれる
頭で言葉に変換し、指でキーボードに叩きつけた、体中で感じた暗闇を、文章を手がかりに思い出すことが出来る
30分分の暗闇を、保存することが出来た

彼女の部屋で眠ってしまっていた
夢を見ながら目を覚まし、(いつ目を開けたのだろう、まだ目をつむったままかもしれない)
まぶたの裏での出来事を彼女に語って聞かせる
日本語になっていない僕の言葉に彼女はフと笑い、その瞬間僕は明るい世界に浸食された
まぶたの裏の言葉にならない映像が、一瞬にして「見た」ことのある映像に置き換えられていく
僕は日本語で、彼女に夢の話をすることが出来るようになっている

暗闇を盗んだのは、光だ
暗闇での経験を、光は一瞬にして奪い去った
かろうじて言葉に置き換えて記憶した暗闇での経験も、「見る」ことに縛られた光の理屈に塗り込められる
本当は暗闇で、なにを「見た」のだろう
言葉に置き換えることで失われる、夢の世界
けれど言葉に置き換えなければ、覚えておくことすら出来ない
暗闇で「見た」ものを、返してくれ!

目を開いた状態(光)から目をつむり(闇)目を開ける(光)
光に挟まれた闇は、光によって盗まれる
まばたきの間の暗闇を、僕たちは奪われ続けている


自由詩 メン・イン・ブラック Copyright ザ・凹凸目目 2008-09-17 23:34:15
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