ぺぺ
木屋 亞万
愛を口からしか伝えられない男を可哀相に思う
女はじっと見つめるだけで相手をその気にさせるのに
朝起きたならインスタントコーヒーを掻き混ぜるスプーンの音
おはようという言葉が静かな猛毒のように私を目覚めさせる
ペペロンチーノを作ったのだと貴方は言い、ベーコンと鷹の爪が入った
お手製のパスタをベッドサイドテーブルに運んでくる
コンソメで味を整えたオリーヴとガーリックの香り
舌をピリッと刺激する辛さと出来立ての温かさ
網戸から涼しい朝の風が吹く、今日は曇り昼過ぎから雨
遠く見下ろす町並みは音に溢れてクラクションとサイレン
がさりと髪が逆立つ、違和感が胸の裏をざらりと撫ぜる
パスタが銅線のように硬く、わずかに電流すら感じる
胃にピリピリと不快感を覚える、唐辛子の辛さではない
舌の両脇が苦みを感じる、コーヒーによるものではない
私たちはお互いの情報を不自然にしか伝えられない
語らいながら同じ物を食べて一緒に眠り、別々に起きる
それぞれの生活へと帰っていく平日の朝
貴方のその後を私は全く把握していない
久しぶりに食べる彼のペペロンチーノは少し複雑な味がして
彼のいれたコーヒーはミルクを入れてもまだ苦かった
男の口から愛を聞くまで安心できない、不安な朝
女はじっと見つめながら、愛の真偽を計ろうとする
昼過ぎから降る本気の雨が
二人の足場を固める雨であればいい
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象徴は雨