DOU-SHI
nonya
<伝える>
ひとつの言葉に
ひとつの意味しか
与えられていなかったら
ちゃんと伝わるのかな
肯定と否定の
二者択一で
チャートを辿っていけば
簡単に真理に近づけるのかな
不相応な尾ひれをつけられ
水の中でもがき続ける
言葉の金魚
水槽から飛び出せば
たちまち干涸びて
「好き」と「会いたい」だけになる
<切る>
慣れた手つきで
滑らかに鋏を閉じる
切り落とすのは不安
手元に残るのは欺瞞
得意満面に
錆びた鋏をかざして
演じるのは茶番
足元に散らばるのは打算
もうちょっと待っていてね
切絵細工は
最後の仕上げが大事なんだ
君のリクエストは確か
執行猶予中の男
だったよね
<崩れる>
今この時
何をしなくて良いか
自分を裏返して
本気で考える
崩れ始めた
砂の城を
むやみやたらに
揺らしてはいけない
瓶のふちを伝う
蜜のように思慮深く
覚悟を溜めよう
惨たらしい西日の
残像のように未練がましく
崩れ落ちていこう
<吠える>
最近剥き出さない牙は
虫に食われている
だから大口を開けて笑えない
別に格好つけてるわけじゃない
争いごとは極力避けている
胃の潰瘍痕が疼くから
てらてら笑っているからといって
決して許してるわけじゃない
心のガス溜りは狭いみたいだから
定期的に抜いてやらないと
正しくない位置から噴火してしまう
仕方なしに今夜も吠える
あたりを気にしながら吠える
少しずつ小出しにしながら吠える
<握る>
人の手の
温もりは
人の心の
温度を伝えない
いくつもの
裏切りが
手のひらを
すり抜けた
わかっていながら
温もりを
握らずにいられない
生きている証に
すがりつくように
手を握る
<曲げる>
ため息をついて
歯ぎしりをして
白目をむいて
泡を吹いて
曲げた
そして曲げた
渾身の力で
ひん曲げた
曲げているうちに
出来上がった
歪な輪
坂道を
転がりだす
悲鳴もあげずに
<掴む>
溺れてもいないのに
ワラを掴んだおかげで
果てしなく
溺れ続けるはめになった
カナヅチは罪
手当り次第に
モノを掴んで
水没させてしまう
死に物狂いの
馬鹿力に
慈悲はない
掴んで
引き摺り下ろすだけの
溺れる手