羊たちの旅立ち
小池房枝

夕刻
雲羊の渡りを見ました

カモたちが飛んでくるのとは反対向き
行き交いの空の対角線を
群れの先頭は彼方
群れの後方も彼方
二列、三列の編隊を組んで
空を渡って行きました

羊たちは
どれも大きな身体をしていました

一体ずつ
よく見れば輪郭は毛羽だって
湧いたり溶けたりもしているようでしたが
ヒトだってどこからどこまでが人体かと問われれば
発汗やら呼吸やら
髪やら爪やら老廃物やらで曖昧なものです

でもだからこそ彼ら
吹き続けている風の中で
雲粒をなす水分子と凝集核と
水蒸気に戻る水分子と凝集核と
一刻一秒一瞬たりとも同じ自分でいることのない彼ら
生き物にとても似ている

物質と物質、物体であるよりは
ひとつの現象であること
入れ替わり続けながらも一つの存在であり続けること

曖昧に
けれども確と場所を占め
羊たちは渡っていきました

大陸までか
オホーツクの果てまでか
群れたち
君たち
わたしはここから君たちの旅の無事を祈るよ


自由詩 羊たちの旅立ち Copyright 小池房枝 2008-09-03 01:07:16
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