井戸の中
星月冬灯


 井戸の中を覗いてごらん

 おまえには何が見えるかい


 今までの驕りの罪

 人を騙した罪

 父母を敬わなかった罪


 さあ

 覗いてごらん

 おそらくおまえには

 地獄しか映らないだろう


 犬畜生の世界

 針山の世界

 赤池の世界

 餓鬼の世界

 諍いの世界


 それがおまえの顔さ

 おまえが犯してきた

 罪の総て

 懺悔することも無く

 敬うことも無く

 他人を陥れ

 甘い蜜を吸ってきた

 成れの果てのおまえの顔


 今更どう足掻いても

 過去の罪は消えぬ


 何を後悔している?

 何を哭(な)いている?

 何を怖がっている?


 おまえがしてきたことではないか

 おまえが好きでやってきたこと

 おまえが振り返らずしてきたこと


 一体おまえには

 価値が有るのだろうか

 一人の人間として


 困った時のなんとやら

 どうせおまえは

 それで生きてきたのだろう

 
 哭いても消えぬ罪


 おまえの罪は

 総て知っている

 もう逃げることなど

 できはしない


 もう一度

 井戸を覗いてみよ

 何が映っているかい

 そこにはおまえが

 これから行く世界が

 待っている

 これがおまえの人生


 甘い花の蜜のような

 五色の雲がたなびくような

 黄金の雨が降るような

 そんな世界など

 見えやしない


 おまえが来るのを

 今か今かと待ち構えている

 地獄の番人たち


 今おまえをこの井戸に

 突き墜してやろうか

 今おまえをこの井戸に

 捨ててやろうか


 人生

 水の流るるが如し

 その水の流れに

 逆らってきた

 愚かなものよ

 おまえには

 地獄がお似合いだ


 真剣に生きてきたか

 真実を見つけようとしたか

 父母を大切にしてきたか

 仏に礼拝してきたか

 友を裏切らなかったか

 先人を罵倒しなかったか


 胸に手を当てて

 考えてみるがいい


 おまえには何が残っている?

 何度念仏を唱えたか?

 百回か?

 千回か?

 一万回か?

 その中でおまえが真剣に

 拝んだ回数は何回だ?


 一回か、

 二回か、

 三回か、

 神仏を敬う振りをして

 本当の信仰をせず

 親孝行する振りをして

 うだうだと日々を過ごし

 親友の振りをして

 心では悪口憎言をし

 敬う振りをして

 慢心を育てる


 懺悔する心も無く

 ただ無駄な人生を

 過ごしてきたおまえには

 本物の愛情が無い


 井戸の中

 それはおまえの醜い顔

 本来の姿

 心の中


 井戸に映るは真実のみ

 嘘は映らない


 真実に眼を向けよ

 現実を直視せよ


 極楽浄土はほど遠い


 人を叱咤する前に

 人に説教する前に


 人に物言(ものごと)を教える前に

 まず己から道を正せ

 素直に行動せよ

 精進せよ

 見返りを求めるな


 神仏に忠実に

 父母の言うことを聴き

 友人を大切にし

 先人に習え


 言うは易し

 行うは難し


 竹のようにまっすぐな心

 海のように澄んだ心

 青空のように偽らない心


 己を見つめよ

 過去を見つめよ

 今日を見つめよ


 さすれば井戸には

 極楽浄土が映る


自由詩 井戸の中 Copyright 星月冬灯 2008-09-01 08:01:23
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