黒色鳳
セルフレーム
わたくしはね、知らなかったのですよ?
『黒色鳳』
其れ、気に入ったのですか?
ええ、その大きな黒い鳥の人形でございましょう?
素晴らしい作品ですがね、お客様には売られないのです。
何故・・・?
簡単でございます、奥様がいらっしゃるでしょう?
店の外に、長い髪の。
奥様がいらっしゃる場合は、売られないのですよ。
この鳥は。
この人形は、大きな都の帝が作ったものでありました。
どうにも上手くいかなかったらしくて・・・
色付けも肉付けもしない内に作業をやめて、出来上がっていないその鳥を・・・
蔵の中に閉じ込めたのです。
何年かして、帝は奥様をお迎えになられました。
美しい、黒い髪の。
十二単を纏い、真っ白いお顔を私達に向けてね、笑うのです。
それがとてもとてもお綺麗でした。
その次の年の春から、桜が咲くと帝は奥様を連れて、花見へ行くようになりました。
花見といっても、庭の桜の木を縁側で眺めるだけの。
でもまるで遠い桜の名所へ行ってきたかのように話すのです。
私共に笑顔を振りまいて。
奥様が帝の所に来てから七年もの年月が過ぎました。
その年の花見の日、桜が何時にも増して美しく、家来共も呼ばれて花見をしました。
楽しい宴の中で、奥様が異変に気付かれました。
「桜の木の下に、美しい黒色の鳳が座っているの。とても綺麗」
奥様は席を立たれ、黒色の鳳に近付きになられました。
鳳は静かに奥様の左胸に顔を寄せ、瞳を閉じておりました。
帝には、その鳳に見覚えがあったらしく、ずっと見つめておられました。
左胸に顔を寄せていた鳳が、帝の所まで歩み寄った時に、帝は思い出されたのでしょう。
真っ青な顔をして、震えながら謝られておられました。
鳳は、肌と髪の黒い、夜桜が描かれた着物を着た、美しい女性になられました。
そして凛とした声で、帝に言いました。
「わたくしはね、知らなかったのですよ?
貴方様が・・・主が、お嫁様をお取りになった事を。主は知らないのね。人形は、木造りの土台を作られたとき、我を持つのですよ。
京の都の商人が、わたくしを蔵から見つけて、肉付けと色付けをして下さいました。
わたくしは、その方にお礼を言い、故郷に帰ってきました。
知らなかったのです、何も。
わたくしは、寂しかったのです。
寂しくて、でも主にまた会えて嬉しくて・・・
なのに・・・すっかり忘れていらっしゃった・・・
なのに主はわたくしの事をすっかり忘れていらっしゃった・・・!
悲しくて・・・悔しくて・・・憎くて・・・恨めしくて・・・!
だから、主の奥様を道連れに・・・
奥様を天に捧ぐ事にしましたの」
帝は地に頭をつけ、必死で謝ったのですがね・・・
「いいえ。許す事はできません。わたくしが、奥様の左胸に顔を寄せたとき、あのときから既に、奥様の時間の侵食は進んでいるのです」
そう言って、鳳はまた人形に戻り、今度は二度と動きませんでした。
奥様はぽろぽろと涙をこぼし、鳳を哀れみました。
その二日後、奥様はお亡くなりになられました。
暖かい、春の朝の事でありました。
分かったでしょう?
その人形は妻の時間を吸い取り、殺してしまうのです。
そうですよね、買うのは諦めになって。
旦那様。
最後に一つ。
旦那様、奥様は大切になさって下さいね。
黒色鳳