いつか来る王子
佐々宝砂

いつか王子は来てしまうのだ。
おまえが歯ぎしりして拒むとしても、
涙して拒むとしても、
涎して拒むとしても。
王子なんか来ないという戯言を信ずるな、
王子は来る。
おまえの手は雨に汚れる、
しかし手は常に綺麗にしておきなさい、
いつか王子が来るのだから。
われらの月がわれらの大地を照らすとき、
われらの海はわれらの月を懐かしんで大きくうねる、
おまえの髪は黒く重たく、
わずかの風にそよぐことはない、
それでもおまえの髪はいつか乱れるのだ。
顔をあげなさい、
月を見上げなさい、
われらの月を。
恋を知らぬおまえの頬は白い、
おまえの首は汚れたことがない、
おまえの瞳はばかばかしいほどにうつろだが、
うつろであることは罪ではない。
いつか王子が来る、
喜ぶようなことではないが、
悲しむようなことでもない、
王子はいつか来る、
ただ今宵は来ないらしい。
それだけのことにすぎぬのだから、
今宵は静かに焚き火にあたっておればよい。


自由詩 いつか来る王子 Copyright 佐々宝砂 2008-08-26 00:04:17
notebook Home