海になる
緋月 衣瑠香

この夏が終わるのもそう遠くはない、と
花火が打ち上げ終わった海にいる私

横たわる一メートルと五十センチあまりの生身
押し寄せる波に三十六度五分の生気は解放される

あれからどれぐらい経つのだろう
少しは青くなれたのだろうか
傷口なく赤い液体が流れ出す
熱をもつそれはまだまだ青くはなれないようだ

夏の思い出が消えてしまうのなら
私は思い出と一緒にこの夏、海に眠ろう

声が聞こえる
深海からのお誘いの言葉
オーバーラップする人魚の歌
重なる神秘は私を内面から青くする


あかが、とけだして、いく


喉元まできた潮水は私の喉へと海の言葉を教え込む
優しい言葉たちは脳裏にいつかの海の記憶を焼き付ける


あおい、せかい
すべてがうまれた、ばしょ
そのことばも、
そのうたさえも、
すべて、わたし


すでに体の水分は海水のみとなった
私の両翼はすべてを抱きしめる準備ができた

満潮だ
私はかつて私であった一メートルと五十センチあまりのものを
そっと抱きしめた



海の底には月に照らされる花火の欠片が転がっていた





自由詩 海になる Copyright 緋月 衣瑠香 2008-08-24 13:06:13
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