刺痕
Affettuoso [アフェットゥオーソ]
僕はあまり夕焼けが好きではなくて
海は群青であってほしくて
たとえ
双手にすくう水が透明であったとしても
きみには蒼であってほしくて
§
イソギンチャクが産卵して
ヒトデが流動して
クリオネはしずかに呼吸をくりかえす
生きることを
語らないから
それが
ただ海で
ただ命で
僕ら
人ばかりが
生きることそれを
嘆いてる
きみのちいさな背中も
イソギンチャクは
自殺しない
きっとね
でも分からないよ
案外しちゃうかも
その
触手を
自らもぎ取らないとも限らない
僕らが
知らないだけで
海が
隠しているだけで
でも
しないだろうな
なんとなくね
クマノミいるから
暮らすんだよ
そう
暮らすから
きっと
今日も
生きて
その触手を
波に揺らせて
やさしく
クマノミを撫でて
§
いちばん みじかくなったのは
あお の ぱすてる
あなたは
こゆびの つめ ぐらいしかないそれを
たいせつに へらしてゆく
あたしは
そんな あなたのゆび と
そんな あなた と
そうやってできる あお を
ずっと
みていたかったの
§
きみを刺したイソギンチャク
今日もきっと
クマノミと
暮らしてる
生きること知らずに生きて 死ぬこと知らずに死んでゆく
人もそうであれば、ね
クマノミと
暮らしてるだけでいれば、ね
イソギンチャクはそれでいいし
僕もきっとそれでいい
僕はばかだけど きみより いいものなんて知りたくないんだよ
きみもそうであれば、ね
§
明日になれば
きみを刺したイソギンチャク
きっとクマノミと
暮らしてる
たくさん暮らしてる
そんな海を
僕はスケッチブックに描いて
何枚も何枚も
海を紙に閉じ込めて
きみは隣でずっと
パステルを弄んで
時々 思い出したように刺されたところを僕に見せて
僕はそれを
やさしく撫でて
それから
きみの刺された痕を
きみの褐色の目を
きみの艶やかな唇を
きみの淡い頬を
きみを
ただ きみを 蒼いパステルで 描く