「お早う御座います、お兄様」
内側で弟が目を覚ましました
外に出たいと心臓に針を刺します
「もう少し待って。あの木陰に行かせて」
傍から見れば奇怪な姿でしょう
何時から弟が
私の中に棲むようになったのでしょうか
黒髪の小柄な弟は病弱で
何時でも私の裾を掴んで後ろに隠れる子でした
知らない人には特に警戒心を剥き出しに
「お兄様、お兄様」と呼んでおりました
私が生まれる前に父上は死去していたそうで
弟も私も父上の顔を知りません
母上も身体が弱く週の半分は床に就いておりました
額に滲む汗がとても麗しく思えた頃も
ありましたが。
木陰に入ると弟は私の肺を無造作に掴んで暴れます
呼吸が苦しくなり目の前が世界が
白く霞んで終わってゆきます
口許から垂れる涎を感じながら
私は何処かへ仕舞われてしまいます
「おやすみなさい、お兄様」
眼つきはまるで獣で力を込めた指先で
抉るように切り裂くように
自分の身体を傷付け血が出れば
大声で笑いながら舐めました
甘い甘い錆の味お兄様の温もり
弾け飛ぶように
駆け出した身体は
市街地へと向かってゆきます
「標的は誰だ。餌はどこだ。お兄様」
微笑みながら風を纏い
向かう先には遊技場があるのです
片手で女の頸を掴みました
喘ぐ姿は母上を彷彿とさせます
髪が乱れ涎を垂らす
服を強引に剥ぎ取り胸を露に
興味はありませんが屈辱的でしょう
体内で液体がぐるぐると回り
肌が火照るのを感じ
足先が電流を走らせたようにぴりぴり
女の胸は然程大きくもなく
曝け出しても美しくはありません
醜いものを纏っているなど愚行です
「女らしく在るべきだ」
左胸に手を遣り掴むと悲鳴が
響き渡り煩く――
悲鳴を聞きつけた人々が
群がってくるではありませんか
既に事後ですから手遅れです
女の胸を掴み爪を立てて
持っていたナイフで胸を切り取り
地面へ
拡がる殺意 転がる胸 鮮血
返り血 紅い肉塊
流血 響き渡るのは悲鳴ではなく笑い声
帳の向こうには誰が棲むのか
切り取った胸の抉れた部分に口付けを
甘い香り悲しい亡骸これこそ美味
肉体を引きちぎり頬張っておりますと
警察らしき人々がこちらへ向かってきます
地面に滴る鮮血は水溜りの如く
いつかの梅雨を思わせました
「お兄様と蛇の目傘を差してまたお散歩したいです」
笑い声が支配ゆる宵に
抵抗するでもなく手錠を嵌められ
檻に入れられました
身体の火照りも治まりました
「今夜はしくじってしまいました。何と言い訳いたしましょう」
嵌められた手錠を
手持ち無沙汰のようにかちかちと鳴らす
「僕が殺めた事にしましょう。ねぇ、お兄様」
薄暗い檻の中冷たい床
「実際、お前がしたんじゃないかい」
「そうでした」
身体を冷たい床に倒しました
「僕はそろそろ寝ますね。おやすみなさい」
溢れ出る涙は頬を伝って何処かへ消えました
母上はどうして私を置いて自害なされたのでしょう
そのやり取りを見ていた監視員は筆を走らせた