日暮れの家
石瀬琳々

裏木戸を開けると
ひぐらしがないている
あの木の下
薄暗い桜の木の下で


闇間に鼻緒が見えている
そり返った白い足の指が
細い脛が折れそうにのびて
あの時もひぐらしがないていた
風もないのに風鈴が、ちりん、


――行かないで


乾いた音を、立てて、
呟いたのは自分だっただろうか
崩れる誰かを抱きしめた
感触だけがこの手にあるような


耳もとのすぐ近くで
ひぐらしがないている
誰もいない家に
裏木戸は堅く閉ざされたまま




自由詩 日暮れの家 Copyright 石瀬琳々 2008-08-19 13:50:57
notebook Home