スガイのこと
吉田ぐんじょう

スガイは或る貧しい村の生まれである
彼は五人兄弟の長男で
下は四人とも妹であった

スガイは十歳のときに夢を見た
光り輝く犬が お前は医者になれ と言う夢であった

スガイには両親が居なかった
最近まで生きていたのだが
流行り病にかかって
村から決して出てはいけない
外はおそろしい世界だから
と口をそろえて言い遺し
あっけなく死んでしまった

そういう環境からみた幻影であったのかも知れない

しかしスガイはそれを正夢だと信じた

そんな或る日
両親の遺した畑で豆を収穫した帰りに
古い医学書を道で拾った
スガイはそれをいっしんに読んで
薬は自分で調合しながら
医学の知識を学んでいった

それから何年か経って
一番上の妹が病にかかった
何を見ても笑わないという病であった
スガイは医学書に書いてあるとおり
山から薬草を採ってきて
それを魚の鱗と練って丸薬をつくって飲ませた
飲んだ途端に
一番上の妹はけたたましく笑いだして
そのまま狂い死にしてしまった
薬が効きすぎた所為だ とスガイは思った

その翌年に
二番目の妹が山で毒虫に刺されて
足が倍くらいに腫れてしまった
スガイは医学書に書いてあるとおり
冷水を注いで毒を吸い出した
しかしスガイの吸い出し方が不十分だったため
二番目の妹は体中に毒が回って
熱い熱い と言いながら
走って行ってしまった
それきり戻ってこない
もっと勉強しなければ とスガイは思った

その三年あまり後
三番目と四番目の妹が毒茸を食べてしまった
スガイは医学書に書いてあるとおり
水をたらふく飲ませて毒を吐かせた
しかしあんまり飲ませたために
二人とも
風船のようにぱちんとはじけてしまった
スガイはとうとう一人ぼっちになってしまった

それから何十年も経ってスガイは死んだ
もう他の町では二十一世紀になって
医学だって発達していたのに
村から出なかったばかりに何も知らずに死んだ
スガイの持っていた医学書は江戸時代のもので
迷信や呪いによる治療法しか書いていなかったのだ

スガイを見つけたのは
二十一世紀の大都会から来た若者だった
若者はぼろの着物をまとって髷を結っているスガイを
人間ではなくて犬だと思った
だからスガイの墓には「犬の墓」と書いてある
最後の生き残りだったスガイが死んだので
村も間もなく消滅してしまった

誰にも知られていない村の
誰も知らない男の話である



自由詩 スガイのこと Copyright 吉田ぐんじょう 2008-08-19 04:43:28
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