薄荷
Utakata


1.「もう子供なんかじゃないと思っていたのに」
涙が出そうになるたびに
缶の中のドロップをひとつぶずつ
口にちいさく押しこむ もの だから
雨粒が
薄い緑色で。
口の中なんて もう
溶けきらない薄荷の味しか
しやしない のに。



1.1.
ずっと遠くの土を
掘りおこすようにして
思い出を語りだし始めた
舌先を
黙らせるために
雨を飲み込む
叫びかけたまま凍りついた口が
横断歩道の上にずっと浮いている
犬が
尻尾を丸めて下をとおりすぎる



2.「遠い場所に行くことができると思っていた」
空の鞄ひとつ持って
帰らない旅に出る ふりをする
駅で最初に見た列車は
わざとやり過ごしてしまえばいい
どうせ。
ようやく乗り込んだ車両
かつてその上を泣きながら歩いた
ひとりぼっちのこどもの亡霊を
線路の上で
次々とひきつぶしてゆく



2.1「窓からみえたもの」
いつだって
飛行機雲に貫かれたかった
思うたび
通り雨が丁寧に洗い流してしまう



2.2.
罪のない唄を
口ずさみながら
ゆれる、
たびに
くちびるの端から少しずつ零れだしてしまう
扉が開くたび
知らない駅に置き去りにしてしまう



3.「辿りついた分戻らなければいけない」
着いたと自分に言い聞かせたところで
降りる
見回して
ちょうど足元にあった小石
蹴飛ばすかわりに
空の鞄の中に落としこむ
かえりみちにかぎって
電車はいつまでも来ない。
空が暮れる
ドロップが
またひとつ消える



3.1.「線路は歩かないことに決める」
小石のかわりに
昔の約束を
つまさきで蹴飛ばしながら車道を歩く
真夜中だから
道からそれて
草むらの中に消えてしまっても
誰も何も言わない。

約束
口にしても
もう薄荷の味しかしない から。




自由詩 薄荷 Copyright Utakata 2008-08-18 15:02:34
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