夏のしずく
かんな
すき。ということばを頑なに使わなかった時がありました。
七月の夕暮れ。ひとしきり降った雨の上を歩いていました。
貴方を捨てるとか、愛を叫ぶことができないとか、そういった話ではないのでした。
普通という幸せにたいそう憧れていた時でした。
嬉しいとか悲しいとか、なんのてらいもない感情がやけに恋しいだけで、
ただ単に情けなくて情けもなくて、雨に紛れることもできずに泣いていたのでした。
夕陽にさらされた雨の一滴がたれ落ちてきて、
ぽたりとブラウスの隙間から入り込んできたのはなぐさめのようで、
いっときだけ熱を帯びたぬるま湯のように、とてもやさしかったのでした。