無温旅程
木屋 亞万
旅に出るとき、私は
体温を消そうとする
体温計を握りしめて
血と水銀を反応させ
ぬかりなく冷却する
観光に行くのではない
旅に出るのだよ、私は
見られるためのものを
見たくはない、存在が
私を呼ぶのに従うだけ
彼らは偶然を装いつつ
私を人の空間から連れ
出してしまう、人間が
入れない隙間に吸われ
間者のように紛れ込む
黒い穴から白い穴へと
通り抜ける身体を襲う
千変万化する気候の渦
器官も細胞も溶け合う
隙間の向こうで、私は
体温のない存在となる
そこにいるはずのない
私、まるでいないよう
に、姿かたちが消えて
自己同一性境界の融解
浸透圧にふやける、私
ひたすら流れ込む空気
苦く辛く濃縮された塊
、溶かしだしてしまう
守るべき塊なんてない
一つもない、私の内部
吸気排気換気、されて
私らしさの手掛かりは
一つ残らず消えてゆく
そして私は旅人になる
どこにも境界を持たず
温もり消え失せた魂を
存在に呼ばれるままに
遊ばせながら、透明度
の高い気を求めてゆく
行ける所はどこへでも
行けない所も紛れ込み
薄まっていく、私は
生活の中で再び濃く
味付けされてしまう
煮詰まり過ぎたなら
また旅に出て薄める
それが私の生きかた