雲をつかむような話
nonya
自分が何者なのか
まだ分からなかった頃
なだらかな猫背の丘の上の
手のひらの形をした大木によりかかって
毎日のように雲を眺めていた
飽きもせずに眺めていた
いわしはうろこが剥がれたと
はぐれ雲になって拗ねた
ひつじは雨を食べ過ぎて
おぼろ雲になって眠った
にゅうどうは我慢し切れずに
かみなり雲になって走った
青空は君を連れ出して
ひこうき雲になって歪んだ
西風は僕を追い立てて
夕焼け雲になって縮れて千切れた
自分が何者なのか
少しは分かりかけてきた今
なだらかな猫背の丘には分譲住宅
手のひらの形をした大木は切り倒され
雲はつまらない空模様になった
雲は雲でしかなくなった
もはや僕はうっとりと
想い出に溺れることもなくなった
もはや僕はうっかりと
何かに焦がれることもなくなった
もはや僕はゆったりと
雲を眺めることもなくなった
もはや僕はおっとりと
雲をつかむような話もしなくなった
それはたぶん幸福とは呼ばない
それはたぶん不幸とも呼べない