死紺亭兄さんへの声援(エール)
服部 剛
遥か昔「人は弱い時にこそ、強い」と語った
旅人の屈すること無い「精神の柱」について。
ある時彼は頭の良い哲学者に嘲笑され
ある時彼は民衆に石の霰を投げつけられ
( 人々が立ち去った後、痣だらけで蹲る彼は密かに立ち上がる )
荒野には、一筋の道が空に向かって伸びていた。
旅の袋を肩に担いで、幾日も、裸足の彼は歩き続けた。
( 真っ青な空の広がる彼方から、彼の名を呼ぶ声のする方へ )
*
僕が司会をする詩の夜の翌日
数週間前にアパートの階段から転落し
腰椎の砕けた詩友に会いに
地下鉄を乗り継ぎ
若松町の緊急病院へ
月曜の午後の待合室は
並んだ椅子に人気も無く
君と旅に出た3年前の
深夜バスの待合室に似た
旅人の僕等を何処かへ運ぶような
長方形の空間で
喜劇人でもある君は
あの旅の道すがらふいに
「 僕等の日々はOKじゃなくても( OK )!なのさ 」
と隣の僕に呟いた
*
病棟のまっすぐ伸びる
モノクロームの廊下から
エレベーターに乗り
看護婦に病室を尋ね
深呼吸を一つ、4人部屋に入る。
窓際のベッドを覆うカーテンから
顔を覗かせ、思わず口にした言葉
「 OKじゃあ、ないなぁ・・・ 」
ベッドの上に、身動きの取れぬ君。
挙上したまま、ギブスで固定された左足。
リュックから取り出した
一枚の色紙を手に
詩友に捧ぐ朗読を始める
「 カルシウムをとってね、海老の尻尾とか 」 ともの
「 ってゆうか、アナタの言葉を待ってます 」 モリマサ公
「 ゆっくりいこう!ゆっくり 」 馬野 幹
「 また元気な声を聞かせてください 」 守山ダダマ
「 PASS! 」 ジュテーム北村
「 あの夏の旅路で、胸に刻んだ言葉を忘れない
そして、僕等の旅路はこれからも、続く。 」 服部 剛
身動きの取れない君の目線に入るよう
ほとんどつけていないテレビの前に、
色紙を僕は、立てかけた。
色紙の中心に丸で囲んだ
( 死紺亭兄さんの復活を待ってるよ!)の周囲に
埋めつくされた、詩の夜に集った仲間達の声援は
それぞれの束ねた声となって、
君の鼓膜に入っていった
「 まったく俺は、果報者だよ・・・ 」
「 これを見ると、皆の顔が、思い浮かぶでしょ? 」
「 俺・・・今度の金曜のリハビリで、立って見せるよ 」
「 俺も仕事中に、死紺亭さんを思い出し、気合入れるよ 」
ベッドの上から屈んで伸ばす僕の手と
動けない君が差し出す手を、がっちり握る。
ベッドを覆う、カーテン越しの去り際に
僕等は互いの手を上げた
「 がんばろう 」
それはあの夏の大阪駅で
一足先に東京へ戻る僕と
人ごみの行き交う改札越しの君が
互いの手を上げた
旅の終わりの場面のように
病棟のまっすぐ伸びる
モノクロームの廊下を今日も
看護婦の靴音は響き
点滴をぶら下げた老人はゆっくり歩き
車椅子の少年は母親に押され・・・
人気無い長方形の待合室の椅子に座り
あの夏の日、そしてこれから僕等は
何処へ往こうとするのか
ひと時の間、考える。
あの夏の旅路で
僕等が胸に、刻んだ言葉。
「 荷物を背負って、歩くしかない・・・! 」
「 言葉の贈りものができる、詩人になる。 」
腰を上げて、正面玄関を出る。
振り返った背後に聳え立つ
病院の窓を見つめ
友の名を心の声で呼びながら
駅へと続く道を、歩き始める。
前方のビルに「青春出版局」という看板が見え
( 青春を売っちゃぁイケナイな )なんて
あの夏の旅路のジョークみたいな
君の声が聞こえてきそうな心持で僕は
地下鉄の駅へと続く階段を、下りる。
*
数日後、ある詩友が見舞いにいったという。
「 いのちに別状はないんだね・・・ 」というと
ニヤリと笑った君はゆっくりベッドから身を起こし
手渡した、見舞いの赤い林檎を
かぶり と齧りついたそうな。
窓の向こうに広がる空の遠くに
太陽の顔は耀き
病室を覗いていたという
あの夏、僕等の旅路を照らした
遥か昔の旅人の往く道を照らした
音の無い呼び声のように