銀色の眼鏡をかけた車掌
りゅうのあくび
特急の追い越しのため
列車の停車中に
駅の端では若い女の車掌が
さりげなくにこやかに
初老の車掌と交代していた
ちょうど明日を
告げようとする頃に
常夜灯の近くを飛び回る
一匹のコガネムシが
出発予定のダイヤグラムを
いたずらしようとしたのか
車掌の胸に着地するものの
白い手袋の手は
優しく握られたまま
指差し呼称を続けている
「尾灯ヨシ。前ヨシ。出発進行。」
深夜発の各駅停車の
車両は発進する
虫さえも乗客のうちに
数えるみたいにして
乗客を家族のように
見守るまなざしにかかる
銀色の眼鏡のレンズからは
夏のうだるような
暑さも透明に見える
昼間の陽射しは
二本の轍を行く鉄骨のレールを
何十キロも先の
終着駅まで十分に熱していて
夜の線路も
暑さで伸びきっていた
ローカルの駅を発進した後の
最後尾の車窓は
乗客のぎゅうぎゅうに
乗っかっている列車が
逝く過去の残像が
次から次へと排出されていく
唯一の出口であって
車両が安全に運行している
かどうかを点検する
最後の見晴らし台でもある
車両横のドアのガラスは
手動で開けられるようになっていて
軽やかに涼しい風が入ってくる
「嗚呼、次は、上北沢。上北沢。」
白い手袋で拡声器を握って
よく通る高くかすれる声で
次の到着駅を伝えている平行に
走っているはずの夜の遠くの
線路は少し曲がりながら
次の駅へと近づいていた
最後尾の車窓から見える
夜更けの夏はただの
暗闇の色よりもずっと純粋で
穏やかな黒色をしていた
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Breath of Fire Dragon