ビターチョコレート
相良ゆう
生まれたときからいっしょだった
イヌが死んでしまった
老衰だった
学校から帰ってくるまでもたない
そう言われていたけれど
最期にほんの少しだけ私の目をみて
安心したのか眠るように逝った
おイヌさん ねむっちゃったの?
まだちいさい妹には
何が起こったのかわからないみたいで
起きないねと頭を撫でていた
いっしょうけんめい
あなたの帰りを待っていてくれたんだね
そう母に言われて
いままで我慢してきたものが
いっきに溢れだした
埋葬しているときも
一時も止まることなく
部屋に戻ってからも
なみだが 頬をつたって
水たまりができるほどに
ただただ 泣いた
泣きつかれて眠ってしまって
どのくらいたったのだろう
母に起こされて 目を覚ますと
いつのまにか
水たまりだったなみだが
チョコレートのかたまりになっていた
目を丸くして驚く私をよそに
母はチョコレートを見つけて
嬉しそうに
あら、チョコレートなんて
ひさしぶりねえ
ご飯の後にみんなで食べましょ
といって持っていってしまった
私はなんと言っていいものか分からず
あっけにとられながら
母に続いて部屋を出た
そうしてその日の食事の後には
みんなでチョコレートを食べた
食べやすいように割られていたけれど
もちろんそれは
私のなみだでできたチョコレート
このチョコレートはずいぶん苦くて
しょっぱいんだな
何も知らずに食べている父は
顔をしかめていた
なんだかね 悲しい味がするの
妹は今にも泣きそうな顔で
チョコレートをなめていた
少し戸惑いを覚えたけれど
思い切って口に入れると
とてもほろ苦くて 切ない味がした
このチョコレートが苦いのは
きっとおねえちゃんの悲しみが
込められているからね
みんなで食べて
悲しみを溶かしちゃいましょ
何にも知らないような顔で
母はチョコレートを食べていた
死んじゃったのは悲しいけれど
チョコレートを食べ終わったら
ちゃんと思い出にしようね
そして私の頭をやさしくなでてくれた
何でも知っているような笑顔で
なんだか嬉しくて
まだ苦くて切ない
ビターチョコレートを食べながら
私はまた 少しだけ泣いた