運針の、記憶
望月 ゆき

気づいたときには、わたしが
わたしという輪郭に 縫いしろを足して
日常から切りとられていた
景色はいつも、ひどく透明なので
ふりかえっても もう
戻るべき箇所を、確かめることができない



日々のあわいで耳をすます と
遠くの受粉の音がきこえる その、
くりかえされる生命の営みの隙間に入りこんだときにだけ
わたしにことばが与えられる
何度も生まれて、何度も死んでいるのに 
わたしは誰の中にもいたことがない



縫いしろのぶんだけ余計なわたしは
ただ歩くことも容易ではなく ときどき
見知らぬ誰かに、真ん中で折られて
わたしの半分ともう半分が、縫い合わされそうになる
重なりたいと願うひとも、
たしかにいたはずなのに



空の、湿り気を帯びた産道を
ゆっくりと朝がすすみはじめる
背景に色が差し、わたしは
覚醒し、そしてしだいに世界と縫合されていく



針が、わたしを貫きながら上下すると
わたしの中で、発芽の音がする それを
どんなオノマトペでも言いあらわすことができなくて
咄嗟に、
きのうおぼえたばかりの
かけがえのないことばを叫ぶと、それは
わたしの名まえになった





   



自由詩 運針の、記憶 Copyright 望月 ゆき 2008-07-28 23:14:19縦
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