海辺の理由
二瀬

1.

すき
きらい
どちらでもない

ひとひらの

花びらを海辺にすてに行く
指先が君を呼びかけていて、長袖を捲ることが
できない
もう知ってるんだ

この先で
海辺の声は聞こえない

家から持ってきた貝殻は
夢を見ていて
私に音を配達するという
義務を忘れてしまった

私は
私に耳を澄まして
貝殻と同じ
空っぽの空砲を仰いでいた


砂浜の夕焼けは、打ち上げ花火
ほむらの瞳を伏せた時
確かな沈黙

あの海辺は
郵便受けだと思うんだよ
これから最後の
君の声を届けにいくから

私は
落ちていく火群と、口を閉じ忘れた
貝殻達と一緒に

海辺の理由を
立ち聞きしている


2.

私はうまく死ねずに
この浜をよく歩き回っていた
ふじむらさき色の花びらを
意味もなく集めながら
淡い緑色の海水を足で弾いていた

せめて
足跡だけは海の中に逃げこんで
水色の魚になってほしかったから

嘘と本当の定義書
その
2ページと3ページの間に
私たちの海辺が挟まっている

パラパラとページをめくるなら
めくらないのと変わらないんだよ
私達は
本当は歩いていたのか
ただ見つめ合っていたのか
よく分からないね


うそ
ほんとう
どちらでもない

ひとひらの

君を海辺に捨てにきた

幾度となく試みた
私の指先だけが人になっていて、口が機械的に紡ぐ
動きを受け入れない
貝殻は悲鳴をあげない

そうやって何度も何度も拾い直して
この海辺は
誰も分からないまま

ただの薄汚れた絵画になっていく
君の一瞬が死んだまま

ただ流れとして
この場所はありつづける
私だけが
定義書を持ち続けて

一人、海辺の理由を
考えている

呼吸と同じ
それだけが生きている私の
ひとひらのように


自由詩 海辺の理由 Copyright 二瀬 2008-07-28 03:58:49
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