榊 慧

ひどく繊細なうすばかげろうがフェラーリの排気ガスを消化していく。そのうすばかげろうを砂場の幼女が記憶に残し胎児の記憶を曖昧にしていく。養殖され、養殖されていく幼女、どさりと汚い音は、スリーピースの黒いスーツを着た男のボストンバック。幼女にミルクチョコレートをその白き掌に強引に握らせる。男は上から融けていき、やがて幼女の薔薇色の頬にぽつりぽつりと黒い青緑の滴りを残す。空は真夏日と認識させるにふさわしく、怒っている。


黒髪のフェロモン。男は女の豊満な肉体に申し訳程度につけられている赤い布を獰猛な獣染みた目つきをしながら、しかしそれでも本能を制御しながら、たどたどしい拙い手つきで崩していく。時折葛藤が聞こえるのは気のせいだろう。女は恍惚とした顔をしながらもじれったそうに、腕を、斬った。


扇子を仰がれる。ぼんやりと心地よい風に支配、そして束縛される。誰が、壊したの、。知らないわ、わたしを疑わないで。暗転、暗転、暗転、暗転、暗転、暗転、暗転、誘うのは、扇から来る風が伝える青黒い、海と、配線コードのフローリング。夏の香りは、恐らくこういう匂いだ。束縛されてしまおうか、それとも泳ぎきれ、


砕け散った眼球はミステリアスな妖しい美しさをもってして夏の雨にうたれる。幻想的。くぐもった声が激情を掻き乱す。繊細な旋律、やわらかな哲学。指先の傷からあふれ出る妖艶は、きっと赤色と思われ。少年は白のタンクトップに大粒の雫を垂らし、女に駆け寄る。女は慈愛のこもった白い腕を伸ばし少年を近づける。少年の柔らかな髪がまぶしい。


女、それでも嘲っているような表情が崩れることはなかった。男は右手で殴り続ける。左手は女の頭部を押さえつけている。男の表情は今にも死んでしまいそうに、ぎりぎりだ。女は切羽詰った声をあげるとするりと台所に立ち、希望に満ちた様子で出刃包丁の先端を喉に喰い込ませた。「夏は、危険。」鮮烈なその色は男を崩すには充分だった。女はそのままシンクにぶつかり、倒れこむ。「夏なんて、」 青色のワンピースが黒ずんでいく様を、男は直視できないまま、「ふふ、弱いの、ね」










自由詩Copyright 榊 慧 2008-07-27 09:40:15
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