妊婦のロボ子さん
モリマサ公


平積みされた本はまだ新しい匂いがしていて
あたしたちは軽く目を閉じた
ロボ子というのはあたしのことです
隣に立っている男性が平積みの本を
二三冊下からひっこぬいて持っていく
ロボ子というのはあたしのことです
臨月の腹をおさえると
ぽこと手のひらのあとが浮き出てくるような気がして
なでるとほんとうにそれはちいさな手のひらの形
なんだろうこの得体の知れない不安感
ぼろぼろとこぼれていく幸福感
充足感を
ロボ子というのはあたしのことです
平積みの本を手に取る人に言って回りたいような
誇らしさ
今月になって出版社を辞めた
人生で初めての忙しくない日々を送っている
後十日もするとあたしたちは出産に立ち会う
ロボ子というのはあたしのことです
今度は反対側の腹をけられて足の裏の形があらわれた
ぴたぴたのワンピをきているものだから
それはそれは美しかった
デジカメをすかさず切る夫
ロボ子というのはあたしのことです
「きれいだね、世界という意味でだろうか」
ロボ子というのはあたしのことです
「まさかするとはおもわなかったからな」
再生ボタンで画面を確認しながら
「きみしかいなかったよ」
と夫がつぶやく

ロボ子というのはあたしです
ロボ子というのはあたしです

家路にはいつもの倍かかり
送られてきた方の本を手にとり
窓の外を横切るものをみる
飛行機
みんな心臓のようなエンジンで音もなく
いくつかがなぜか泣けてくるように
なつかしい
ロボ子というのは
あたしみたいな輪郭線を持った女の子のとても流動的な部分だから
あたしのようであたしでない
とり
とり
ひとりぼっちの太陽
とり




自由詩 妊婦のロボ子さん Copyright モリマサ公 2008-07-27 01:08:49
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