目覚し時計
nonya


いっそのこと
壊れてやろうかと思ったのです

午前8時20分 正確には午前8時19分49秒
あなたは怖いものでも見るような目つきで
私を見ると言葉でない何かを叫びました
それから物凄い勢いで身支度を整え
部屋を飛び出していったのでした

もちろん
これは故意なのです

午前7時30分 正確には午前7時30分21秒
どうしても鳴りたくなかった私は
製造されて以来はじめて命令に背き
あなたの美しい寝顔に見惚れていました
私は時間にあるまじき時間でした

それというのも
昨夜のことなのです

午後8時06分 正確には思い出したくもありません
またあの生臭い男がやって来ました
あなたの笑顔はとろけて玄関まで流れ出し
あなたの清涼な香りはみるみる腐敗していきました
食事もそこそこにふたつの影は重なったのでした

長針を振るわせながら
私は耐えたのです

午後11時41分 正確なところは勘弁してください
あの男はこそこそと帰っていきました
帰りがけに捕らえられた狐のような目つきで
しきりと私を気にしていましたっけ
たぶん心は別な闇に飛んでいたのでしょうね

あなたの寝息を聞きながら
私はチクタク泣きました

もしかしたらあの男はあなたに相応しくないのです
たぶんあの男はあなたを騙しているのです
きっとあの男はあなたを傷つけるのです
ぜったいあの男はあなたを捨てるのです
私は目覚し時計という名前の時間なのに
はしたない声で朝を告げるばかりで
あなたの目を覚まして差し上げられないことが
悔しくて悔しくて悔しくてなりません

そうです
これは恋なのです

だから私は壊れてやろうかと思ったのです
法律で決まっているわけではありませんが
時間が恋するなんて安っぽいメルヘンなのです
私は時間の風上にも置けない時間です
あなたは間違いなく明日の朝には
私を分別ゴミのポリバケツに放り込むのでしょう
しょせん私は量販店のセール品の時間です
大量生産のごくごくありふれた時間です

さようなら
素敵なあなた

黄昏です 正確に黄昏です
あなたはもうすぐ帰って来ますが
私の電池はすぐに抜いて欲しいのです
あなたのすべらかな指先で
出来損ないの時間を終わらせて欲しいのです

今度生まれ変わるとしたら
きっと腕時計がいいです


自由詩 目覚し時計 Copyright nonya 2008-07-19 23:17:05
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