真夏と重力
Utakata
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樹の緑から飛び立った鳥の黒い羽の音を
夕立のたびごとに絵日記に貼り付ける
それが毎日の日課になったころ
子供たちの影だけがきれいにアスファルトの上に焼き付けられている
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すべてのものが重力を持つので
炭酸水のかたちをした夢の中に逃げ込む
黒い切り絵のような二人が
ひとくちずつそれを啜っている
海へ行く
人のような形があちらこちらで浮き沈みしている
ゆるやかに触れた指の隙間に
少しずつ電気が溜まってゆく
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祭囃子の残響を
指先でそっと摘み取っては
虫かごの中へと入れる
金魚の鰭が街角ごとにひらめいては消える
風のない正午に
真っ直ぐ立ち上る灰色の魂が
サイレンの音の中へ消えてゆく
ひとかたまりの灰だけがうすくらがりの中に残る
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おまえが発して
でもおまえのものではない言葉 と
薄荷色をした煙草のけむりが
渦を巻きながら昇ってゆく
絡まってできた螺旋を 一歩ずつ
踏みしめては地下道で 踊り続ける
天井に溜まったそれらが
耐え切れずに雫になって落ちてくるのを
舌先で受け止めては
白い嘘にして吐き出す
乾いた音を立ててゴミ箱の中に消える
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空に
下向きの矢印を描いては
鳥が再びやってくるのを待つ
重力に従うふりをしている 飛行機が
金属臭のする陽光を
死にかけた昼下がりに振り撒いてゆく
犬の下半身のかたちをした幽霊たちが
蒸発するアスファルトの上でうろついている
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とおくで雷が鳴り始める
駅で一番最初に出会った電車に乗り込みたい衝動に駆られる
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全ての
ものが重力を持つので
黒い鳥がどこに飛んで行ったのかもわからない
誰かがプールサイドに置き忘れていった
唇に そっと指を触れ
目を閉じては
今まで失ったものを一つ一つ丁寧に数え上げてゆく
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絵日記は永遠に埋まらないように思えた
夏
どこまでも
みどりいろがつづいていて