rabbitfighter

初めて彼女が家にやってきた時のことを今でもよく覚えている。
その毛むくじゃらな子猫は怯えきっていて、まだ半ば閉じたままの目は潤んでいた。真っ白な毛の上に真っ黒なタキシードを着込んだ彼女はとても小さくてとても可愛かった。小さな口で、フーフーと、精一杯のうなり声で人間たちを威嚇していた。抱き上げられると必死で逃げようとした。
その日、外にご飯を食べに行こうという無慈悲な家族たちから一人僕は家に残った。こんなに震えて、おびえている彼女を放っておけるわけがないよ。片手の中にすっぽりと埋まってしまう、奇跡的な軽さの生き物。
家族が家を出て部屋が静まると、隅っこにいた彼女はふらふらと歩きながら僕によって来た。僕は黙って、寝転んだまま彼女を見ていた。ゆっくりと彼女に手を伸ばしたら人差し指を鼻先にかすめながらおいでと言う。相変わらず震えていて、うなり声を上げながら、僕の指の匂いをかぐ。そのまま指先で鼻先やほっぺたを撫でて上げる。だけどもう、それだけじゃ我慢できなくなって、そっと持ち上げて胸の上に置く。抵抗するだけの力も、彼女にはないのだ。それにきっと、とても疲れていたのだろう。やさしく背中を撫で続けていると、やがて彼女はおとなしくなり、静かな寝息をたてはじめた。それ以来、僕の胸が、彼女の塒になった。

今でも彼女は、人に抱かれるのを嫌がる。猫にしては珍しく、我慢ということを知っていて、20秒くらいならおとなしくしているけど、猫の我慢はとても短い。そして彼女は、相変わらず僕を塒にしている。いかにも猫らしい気まぐれで、やってきてはまたどこかをふらつき、それからまた戻ってくる。成長して大きくなった体は、夜中に何度も僕を眠りから覚まさせた。あるいは怖い夢を見させたりした。
あのときから十年経つ。人間にたとえれば60歳ぐらい。年毎に彼女は軽くなってきている。あとどれくらい一緒にいられるだろうか。それでも見た目は、かわいい子猫のままなのだが。


散文(批評随筆小説等)Copyright rabbitfighter 2008-07-15 23:54:59
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