シンナーかけられた思い出がひとつ
青木龍一郎

僕の家に書き込み式の絵本があってね。
主人子の名前のところが空白になってんの。
そこに、自分の名前を入れて感情移入する趣向なの。
素晴らしいアイデアだなあ!なんて思って久しぶりに開いたら
書き込むべき、空白部分とか主人公の顔が黒いマッキーでぐちゃぐちゃに塗りつぶされてんの。


ページをめくってもめくっても、主人公の顔はライターで燃やされたみたいになってる。
他にも、犬とか妖精とか、いろいろ登場人物がいるんだけど
その人たちも、黒い線で目を塗りつぶされていて、犯罪者みたいになってる。
背景に包丁を持った子供とか書き足してあるし。
その絵本の最後にでっかく「LOVE」って書いてあって、僕は泣き出してしまった。


僕らの物語は何者かに書き換えられてしまうのかもしれない。
美しい思いでも、薄汚い思い出も、でっかく「LOVE」と描かれてハイ、オシマイか。
僕らはいつからLOVEの中に武器を持って突入するようになってしまったのか。
手ぶらで外を歩けるようになったら、そのときは、僕はこの世への愛の歌を大声で撒き散らす。
思い出が何処かでゆらゆらしてる。



中学生のときの合唱コンクールを、撮影したビデオがあってね。
そこにはとても可愛らしい加賀さんって女の子が映ってるんだけど
画像が荒くて、可愛いかどうか、よく分からないのだ。
だからせめて声が聞きたいと思って、テレビのスピーカーに耳をつけて
加賀さんの声を聞き探すんです。
だから、その時歌っていた合唱曲「心の瞳」の女子パートが完璧に歌える僕。

そんで、ちゃんと加賀さんの声が聞こえる部分があるんです。
「心の瞳で君を見つめれば」ってところなんだけど、そのときになると涙が溢れる。

そんなビデオもこの間、擦り切れてしまったよ…。




でも、加賀さんの歌声がしばらくは耳の中にふと流れたりした。
そのときは、道端だったりして、僕は突然座り込んでしまって、歩行者の流れを止めてしまったりした。
それも、1週間経つと無くなってしまった。
あんなに聞いたのにあっけないものだ。
僕の思い出は何者かに書き換えられてしまった。




高校に入って、加賀さんを見なくなって
何だか、彼女、死んだんじゃないかなんて、そんな気がしてたんだけど
この間、HMVで見かけた。


高校の制服を着て、視聴機でYUIの新曲を視聴してた。
僕は店の隅からその光景を眺めていた。
加賀さんが店を出た後、僕はYUIのCD売り場に行き、好きでもないのにその新曲を買った。




家に帰って、プレイヤーに入れて再生すると
スピーカーから加賀さんの声で
「心の瞳で君を見つめれば」
と聞こえてきた。


自由詩 シンナーかけられた思い出がひとつ Copyright 青木龍一郎 2008-07-15 23:37:04
notebook Home