タンゴ・ダンサー
渡 ひろこ

タンゴの旋律に
呼吸を合わせるように
茜色のロウソクの火が
ゆらめいている


凪だった水面みなもを掻き立て
眠っていた感情に爪を立て
ゆさぶりながら


身体の中を貫いていく音


狂おしい想いのはけ口を求めて
逆流していくうしお
そのまま大波となって
ステージに向かって砕けていく



しぶきをあげる波間から
振りあがったのは
つまさきまでピンと一本の線になった
真っ直ぐな決意の白い脚
凛とした背中で
男と女の刹那を語る



赤いピンヒールが
力強く床を鳴らし宙を駆ける
しなやかな脚が
速いリズムに酔うように
虚空を何度も何度も斬っていく



象牙のような2本の曲線が絡まり
互いを追いかけて見えない階段をあがる





それは…
空回りしている私の足でもあった





地に着かず気持だけが走り
排水溝に流される日常


おぼろげな予感だけにぶら下がり
力なく浮いたままの足


張りつめたホール
鋭角に響きわたる和音の洪水の中


気迫の波動を前に
ダラリと萎えた足を
隠すすべもなく
ただ ただ 息を呑むと



昇りつめていく
赤いつまさきが跳ねて
ひろがる熱い波紋が



ふぬけた空回りを
スパッと斬り落としていった












自由詩 タンゴ・ダンサー Copyright 渡 ひろこ 2008-07-14 20:28:34
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