「流線型」
ベンジャミン
知っている
野生の生き物たちが
自らの意思で立ち上がれなければ
どうなってしまうのかを
ふるえる膝を押さえながら
重たい身体を支えようとするとき
昔見た象の瞳を思い出した
陸上でもっとも大きく
たくましい脚を地面にのばしながら
その巨大な身体には不釣合いなほどのつぶらな眼は
深い色を沈めて横たわっていた
ほそめた眼で夜空を見上げるとき
瞳をおおう透明な膜をすかして映る星のあかりは
広くにじんで幾重にもその中心をくるんでいる
あれはそう
遠く彼方に忘れてしまいそうな
故郷の草原を浮かべていたのだろうか
風になびく褐色の草木
焼かれるような陽射しの中でさえ
あの眼差しはどこまでもやわらかく
地平線をぬっていたに違いない
しっかりと大地を踏みしめていた脚を
折り曲げてその重たい身体を横たえるとき
再び立ち上がるためには
いったいどれほどの力が必要なのだろうか
ふるえる脚を黙らせるように
自分の身体に問いかけてみる
ほそめていた眼をひらけば
薄くにじんだ星の輝きは色を増し
くっきりとした現実を浮かび上がらせている
星をたたえた瞳は
どんなにかきれいに見えるとしても
そこには草原はなく
見渡すような地平線は遮られている
けれど
まだこうして立ち上がり
空を見上げることのできるこの身体を
懸命に支えようとするとき
星を見つめる眼差しの中
あふれゆくもののぬくもりに
崩れおちそうなほどの感情が込められていようと
その軌跡をたどる流線型は
過去へかえることはない
知っている
象の瞳には
象を見つめる自分の姿が映っていたことを
そして
その瞳の見つめる彼方
ときおり見せてしまう涙のかたちでさえ
流線型であることを