[Museum]
東雲 李葉
海岸で拾った貝の殻。
繋いだ父の手の温もり。
ぽつぽつ交わした言葉の端々が、
青いボトルに詰められている。
隣の茶色い瓶の中には、
初めて隣になった席。
染めるたび明るくなる髪の毛。
友達でさえなくなった夜が、
溶けかけながらもきちんと尖って浮いている。
「お手を触れないでください」と、
赤字で注意がされてなかったら、
鞄の中に詰め込めるだけ、ここの全てをかっさらいたい。
角を曲がるとそこはどこかの街角のようで、
優しく微笑む母親と手を繋いで歩いていた。
思い出せないその笑顔があまりにも鮮やかにそこにあるから、
声を聞いたら狂いそうで僕は走って逃げ出した。
友達の剥製を通り過ぎ、やってきたのは大きな絵の前。
一面に黒をぶちまけて、真ん中に蹲る一人の少年。
こんなに広いキャンバスの中で少年はただ下を向いて動かない。
まるで鏡を見ているようで、腹立たしくて堪らなくなって。
制止の声にも耳を貸さず、紐を垂らしたポールを蹴飛ばし、
僕はナイフで切りかかる。絵画の僕はされるがままに切り刻まれる。
途端、その黒い裂け目から何百もの色が溢れだし、
青や茶色のボトルも割って津波となって僕を襲った。
飲み込まれた絵の具の中で僕は数えきれない夢を見て、
お父さんの手もお母さんの笑顔も、
友達との会話も数々のときめきも、
全てをここに寄贈することにした。
気が付いたら視界に涙の虹が架かって、
それは水晶のように透明な大きな一枚の絵となった。
輝く瓶には心惹かれ、鮮明な感触に溺れそうになる。
前より遠くに置かれた紐越しに誘惑の記憶を眺めている。
「お手を触れないでください」と赤字は相変わらず厳しい字面で。
痛い目を見た僕はもう懲り懲りだと思いながらもここに来るのを止められないでいる。