都市伝説
吉田ぐんじょう

「口さけ女」


耳元まで、口が裂けて広がっている女性噂妖怪。
幅の広いマスクで口を隠しており、道行く男性に、「私、綺麗?」 と尋ねる。
答えた男性には、マスクをはずし、口を見せ付けた状態で、「これでも?」 と念を押して尋ねてくる。


口紅をつけると
何故か獰猛になる母親であった
外出する前で気が立っていたんだろうか
普段なら怒ることもない些細なことで
よく平手を張られた

座り込んだまま見上げる

実家の玄関には
細長い小さな鏡が掛けてあって
母親はいつもそこで化粧をした

わたしを殴った興奮からか
母親の手は震え
頬骨まで達しそうなほどに勢いよく
口紅で大きな口を描く
パールピンクの三日月である

それでいて
顔は逆光でよく見えないのだ
にたりと笑うその人は
母親というより
なんだか知らない女に見えた


「潜む男」


「一人暮らしをしている女性の部屋のベッドの下に包丁を持った男が潜んでいたが、気付いた女性の友人の機転で難を逃れる」、「少女が友人の部屋に忘れ物をしたので取りにいったが電気が点いていなかった。しかし、少女は電気を点けずに忘れ物を回収して帰った。次の日、友人がころされていて『電気を点けなくて良かったな』という書置きがあったことを知らされる」、「親が出かけていて愛犬と夜を過ごすことになった少女が夜に『ピチョン、ピチョン』という音に気付き目を覚ます。怯えてベッドから動けないでいると犬が手を舐めてきたので安心して眠る。朝、部屋のドアを開けると犬が喉を切られてつるされていて『手を舐めるのは犬だけじゃないんだぜ』と壁に書かれていた」など、さまざまなバージョンが存在するが、いずれも体験談として語られ、女性の一人暮らしの恐怖に関連する点が共通している。


住んでいる市から広報が届き
一人暮らしの女性は家に入る前に
ただいま
か何か言って
中に人が居るように演技したほうがいい
ということが書かれていた

でも未だにそれを
実践することが出来ない
誰もいない家に帰ってきて
ただいま
と言って
おかえり
と返されたらどうしようと思うからだ

シャンプーをしているとき
振り向かずに何か作業しているとき
ベッドに横たわって本を読んでいるとき
確かに人の気配を感じるので
この家にはわたしの他に
透明な人間が住んでいるに違いない

それが声をかけることによって
実体化してしまうのが厭なのだ

ベッドの下を覗いてみる
埃まみれのその空間には
誰もいなかったからよかった
けど
奥の方に何か押し込まれていた
引っ張り出してみるとエロ本だった
外国のものすごいエロいやつ
ページが少し湿っている
こんなもの買った覚えはないのに

男だ と思う
この家に住んでいるのは
透明な男だ


「隙間女」


隙間に現れる妖怪。
目が合うと、異次元に吸い込まれ二度と戻れなくなる。
「かくれんぼしよう」と言われ、見つかったら異次元へ連れて行かれる。


麦藁帽子をかむって
夏の真昼間に外出すると
塀と塀の隙間に女のようなものがいて
こんにちは と挨拶すると飴をくれた
薄荷の味がする緑の飴だった

女のようなものはしゃべらない
ただいつもにこにこしているだけである
優しいのでわたしは好きだったんだけど
誰に言っても
そんなものは見えない
と否定されるばかりで

ある日
女のようなものをそこから出してあげようとして
掴んで引っ張った

わずかに苦しそうにした女のようなものを
全体重をかけて引っ張りだしたら
途中でびちんと千切れてしまった

あわわ
とびっくりして手を離すと
ぼとりと路上に何か落ちた
それは可愛い薄紅の花を咲かせた
ペパーミントの茎であった


自由詩 都市伝説 Copyright 吉田ぐんじょう 2008-07-07 03:09:53
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