七夕
相馬四弦

その入り口にある 水溜りに浮かぶ弓張りの月が

太く老いた竹の節を 浅葱色にぬらしていて

ここから先に入ってはいけないと 知っていたけれど

だけど小さな燐の火が

竹の闇間を泳いでいるからと

姉さんは いこうよ って

手首に巻いた鈴を鳴らした ちりん と




邑のゆらぎが見えなくなって 一刻

ほのかに冷たく この竹林の 果てのない

半分欠けた境界杭のそばに

ぼろぼろの筵が捨てられていた

その端を踏みつけると

裏に潜んでいたなにかが するりと抜け出して 籔に消える

姉さんは

的屋からくすねた猫のお面を はずそうとしない

ひげのあたりを指でなぞりながら つぶやく

みずあめ なめたい




ときおり 閑かに通る青 笹をこする

もうずいぶん歩いた くびのうしろ 虫の声無く

姉さんは鼻緒を気にしていた

やしろの篝火が 月の綿をはじく音

かすかに聞こえる

帷に隠せない若竹の匂い 夜半 叢をころがって

くらがりを かきむしるように歩き

少しひらけた窪みに かたむいた五輪塔を見る

ななめに伸びている憐れな竹に額をぶつけた

ほんのすこし 笑い声が聞こえて

笹の葉が一枚 姉さんの手に落ちる

お面をもちあげて その口元にほころびはなく

おまいり しようよ

ただようように 竹の闇間をすりぬけていった

鈴を鳴らしながら ちりん と




おいてけぼり

姉さんの顔を思い出せずに

ひざまずいた

最後にもう一度

ちりん と 鳴った


自由詩 七夕 Copyright 相馬四弦 2008-07-06 18:54:05
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